なぜ、学校給食で世界の料理を提供するのか? 栄養教諭が語る提供の狙い

9月下旬、SNS上で、「北九州市教育委員会が、学校給食においてムスリム対応することを決定した」という誤情報が拡散され、市がすぐに否定するも、市教育委員会に1000件を超える抗議が寄せられるなど大きな問題になった。深刻な人手不足を背景に日本で働く外国人の数は急激に増加するものの、外国人への偏見やバッシングが強まっている。
生まれた国や環境が違っても、互いの文化背景を尊重し共に生きる社会を創り出すにはどうすればいいのか。その時、ひと役買うのが食だ。日本には昔から、「同じ釜の飯を食う」という言葉があるように、同じ食事を共に食べることで関係性を深める文化がある。
そして、日本の学校給食では、旬の食材や地域の食産物を活用し、栄養に配慮された食事を提供するとともに、時勢やその地域の状況に応じて外国の料理を提供することで、異文化への関心を高める食育を実施している。例えば、オリンピックやワールドカップが開催された時には、活躍した国々の料理を提供。姉妹都市の国・地域の料理を提供することもある。
給食現場では、どのような想いでそうした世界の料理を提供しているのだろうか。日本一の学校給食を選ぶ祭典「学校給食甲子園」で優勝経験のある埼玉県の小林洋介栄養教諭に、世界の料理の提供について話を聞いた。

「世間のニュースと関連付けた世界の料理を学校給食で出すことにより、児童・生徒の海外の食文化への関心を高めることが目的だ。学校給食が、将来、世界に羽ばたく子どもたちの扉となりたいと考えている」。
小林栄養教諭は、世界の料理を提供する狙いをそう語り、その具体例として、2025年2月21日に所沢市内の小中学校で提供した『平和の給食』について説明した。
「2022年2月24日にロシアのウクライナ侵攻が始まって3年が経ち、いまだに終わりの見えない状況が続く中、子どもたちに平和について考えてもらいたいと願いを込めた」と目的を語る。
『平和の給食』メニューは、ボルシチ、ハーブチキン、ルシールサラダ、黒パン、牛乳の5品。それぞれ、ウクライナやロシアなど北欧の食文化を大事にしながら、学校給食施設で調理できるよう内容を工夫し、提供した。

ボルシチは、ウクライナの伝統料理で、主にビーツを使ったスープ。「ビーツとともに、キャベツやジャガイモ、にんじん、玉ねぎなどの野菜を入れて作った。埼玉県の食材を中心にして地産地消にもこだわった」と工夫点を語る。
ハーブチキンは、ウクライナのチキンキエフをイメージしたカツ。チキンキエフはバターを骨なしの鶏むね肉で巻き、小麦粉、溶き卵、パン粉の衣と付けて焼くか、あるいは揚げたカツ料理。「給食では、ローリエやハーブを入れることで、異国情緒を感じられるよう工夫した。給食センターで約5000人分のカツを手作りして揚げるのは大変だったが、調理員と一緒に児童への食育と平和の想いを込めて作った」と振り返る。
ルシールサラダは、埼玉県の三ケ島(みかじま)小学校で大切に保管されている青い目の人形「ルシール」の名前を冠したサラダだ。この人形は、1927年に日本との親善を深めるためアメリカから贈られた人形12,000体のうちの1体で、太平洋戦争が始まると、敵国の人形として各地で焼かれたり、壊されたりして、悲しい運命をたどるものが多くある中、戦時中の日本を語るのに貴重な人形のひとつだ。「ルシールの青い目を表現するのに紫キャベツやむき枝豆を使い、洋服をイメージするのに貝殻の形をしたシェルマカロニを使った」と話す。
小林栄養教諭は「終戦80年が経過し、日本は平和で、みんな安心して食事ができるけれども、世界に目を向けるとそうではない。学校給食を通じて、平和について考える機会になったらと思い、ロシアによるウクライナ侵攻があった3年前からこの給食献立を考えていた。調理員からも、食育だけでなく平和についても考える給食を作れてよかった、励みになると言われた」と振り返る。
また、「学校はここ10数年で急速に外国人の子どもたちが増えている。私たち栄養教諭は、郷土食や地産地消を大切にした給食を心掛けることで、子どもたちに郷土愛を給食から育みたいと思いながら日々、献立を立てている。ただこれからは、それだけでなく、給食を通して様々な国の食や食文化を知ることで、世界にも興味や関心を持ってもらえたらと思う。様々な国の文化を知ることで、自分の故郷の良さも発見できるからだ。多様な文化背景を持つ人々が共に暮らす中で、お互いに思いやりを持つことも大事だ。給食が様々な食文化と知識を知るきっかけとなり、人と人をつなげる食になれたら嬉しい」と語った。
給食提供後、学校からは「平和の給食を提供してくれてよかった」「生徒・児童の学びになった」などのコメントが寄せられたという。
厚生労働省の調査では、日本で働く外国人労働者の数は2024年10月時点で230万人。前年に比べ12.4%増で、集計開始の08年以降、最大の増加となっている。
異文化共生社会を作るためにも、学校給食が果たす役割がある。