〈酒類飲料日報50周年企画〉シャンパーニュ特集① 「変わるシャンパーニュ、変わらないシャンパーニュ」
10月にシャンパーニュ地方を訪れ、10のメゾンをまわったが、ワイン産地に行くと必ず案内される醸造設備や畑の代わりに導かれるのはいつも地下カーヴ「クレイエール」だった。そしてどこへ行ってもその荘厳なたたずまいに圧倒させられた。
それはまるで、地下に眠る大聖堂。ひんやりとした薄闇の中に整然と並ぶ数えきれないほどのボトル。壁を触ればしっとりと冷たく湿り、時には水滴も滴り落ちる。チョークと言われるこの土壌こそがシャンパーニュを決定づけているのだと実感させられる。
リーファーでどんなに大切に運んでも、クレイエールからそのままここで飲むシャンパーニュと日本で飲むシャンパーニュの味は決定的に違うだろうと思ったし、実際まるで違うのだ。生産地で飲むと、ひとつひとつの個性がくっきりと浮かび上がってくる。
ぶどう栽培北限の冷涼な気候が生む艶やかな酸、チョーク土壌由来のミネラリティに加え、シャンパーニュの神髄ともいえるのが、アッサンブラージュだ。英語ではブレンドというが、フランス語で単に「混ぜる」はメランジュ。アッサンブラージュには「組み立てる」というニュアンスがある。シェフ・ド・カーヴという指揮者がさまざまなヴァン・クレールの個性を際立たせながら奏でる調和のとれたハーモニーが立体的に立ち上がってくる。
もちろんサロンのように、単一年、単一村、単一品種から作るシャンパーニュもある。プレステージュシャンパーニュは偉大なヴィンテージ、単一品種や特別な畑から造られることも多い。最近では、レコルタン・マニピュランなど小規模な造り手が、テロワールをストレートに表現しようとする動きもある。それでも、アッサンブラージュという手法を生み出した人の英知と、それぞれのメゾンが持つ哲学の継承の歴史が、シャンパーニュという文化を醸成してきた。過去から未来へ、シャンパーニュの革新は続く。
〈進化を遂げる文化遺産、温暖化に対応する品種の開発も―CIVC〉
シャンパーニュ地方を代表する二大都市といえば、北のランスと南のエペルネだ。今回はランスを拠点にメゾンを回ったが、ぶどう畑の中心に位置する小さな町エペルネにはその名も「シャンパーニュ通り」があり、キラ星のごときメゾンが連なる。シャンパーニュ地方ワイン生産同業委員会(CIVC)の本拠地(上写真)もまた、エペルネにある。1941年に設立された同委員会には、20,455軒ものぶどうの栽培者・醸造者から300のメゾンまで、シャンパーニュに関わるすべての造り手が属し、品質と価値の向上に努めるだけでなく、未来に向けた取り組みを行っている。CIVC 広報担当のフィリップ・ウィブロットさんに、最近の取り組みについて話を聞いた。
◇ 先端を行く環境対策
CIVC では2001年から、環境問題への取り組みを開始。農薬の使用量はこの15年で半減し、殺虫剤もほぼ全面廃止した。現在、600ha 以上がオーガニックに転換しているほか、サステイナブル農法の認証を取った畑も増えている。廃水リサイクル率は100%を達成。産業廃棄物も9割がリサイクルされる。
世界に先駆けて、CO2削減に向けての取り組みも開始した。2011年よりボトルを65g軽減し、2020年にはカーボンフットプリントを25%削減。ぶどう栽培も100%サステイナブルを目指す。
◇ 環境に適応した新しい品種の開発
地球温暖化が進む中、CIVC では伝統的な交配技術と革新的なツールを組み合わせた品種創生プログラムに着手した。
シャンパーニュで使われる既存品種を、病気に強い品種や遅熟の品種と交配させ、これからの気候条件に適した品種を研究するプロジェクトで、将来的にはシャンパーニュの品種として追加し、公式名称を決定するという。シャンパーニュの持つ革新性がうかがえる野心的なプログラムだ。
◇ ユネスコ世界遺産登録
8年におよぶ努力が実り、「シャンパーニュの丘陵、メゾンとカーヴ」群が2015年7月、ユネスコの世界遺産に登録された。同時に登録されたブルゴーニュが「ぶどう栽培地域、クリマ」であったのに対し、シャンパーニュは「進化を遂げる生きた文化的景観」として評価された違いは大きい。
ほかのどのワイン産地とも違い、シャンパーニュはぶどう栽培の北限という難関を乗り越え、世界でも例のない地位を確立することができた。シャンパーニュの卓越したワイン造りの手法が、現代の企業的農業産業を発展させたことも評価された。
同地の歴史とテロワールが評価されたことは、これからも責任を果たすことへのコミットメントでもある。
【データ】シャンパーニュは世界190カ国に輸出されており、フランスワイン輸出全体の3割を占める。昨年は3億600万本を輸出した。シャンパーニュの出荷量の変遷をみると、景気のバロメーターであることがわかる。世界のスパークリングワインにおけるシェアは数量で13%だが、金額では40%にも達する。日本は数量で4位、金額で3位の市場。
〈酒類飲料日報2017年11月10日付より〉