コロナ禍で純米酒など特定名称酒に打撃、求められる「新たな酒造り」にIoT機器で対応/第一工業・ラトックシステム

酒蔵で「もろみ日誌」を活用している様子(センサーの外観は本文のものと異なる)
日本酒造組合中央会が発表した2021年1〜6月の清酒の出荷数量は、前年比0.8%減の17万7,705klとなった。2019年比では13.7%減と2ケタの減少だ。

カテゴリー別に見ると、家庭用の大容量パック製品が多くを占める一般酒は、コロナ禍での巣ごもり需要が落ち着きを見せはじめ0.2%減とわずかに減少した。

2020年に落ち込みの大きかった吟醸酒は5.4%増(2019年比14.6%減)、吟醸酒のうち純米吟醸酒は5.2%増(2019年比114.1%減)と増加したが、一方で純米酒は3.7%減(2019年比118.8%減)、本醸造酒は15.5%減(2019年比138.0%減)と、減少に歯止めがかからない状況だ。

近年の酒造業界では、国内の飲酒人口の減少を背景に、若年層の取り込みや海外市場を見据えた新たな酒造りが求められている。一方で、現場を担う杜氏や蔵人の高齢化と人手不足は未だ解決を見ていない。そんな中、国税庁は「酒類事業者の経営改革や酒類業の構造転換を促進する取組を支援」するべく「フロンティア補助金」を打ち出した。ICT(情報通信技術)を活用して現場の負担を軽減し、新たな発想で酒造りをする気鋭の蔵も見受けられる。

こうした動きに呼応するように、醸造機器の分野においても、IoT(モノのインターネット)搭載機器や遠隔管理で省人化を実現する機器が登場している。清酒の仕込水や醪の冷却・温度制御を手がける第一工業(兵庫県姫路市)と、IoTデバイス関連の製品の開発販売を行ってきたラトックシステム(大阪市西区)はこのほど、相互の強みを生かした協業事業を開始した。異業種間の協業で生まれたイノベーションの全容と酒造業界にもたらすメリットについて、第一工業の加納弘志営業部長とラトックシステムの馬場徳之営業部長に聞いた。

ラトックシステム 馬場部長、第一工業 加納部長

ラトックシステム 馬場部長、第一工業 加納部長

 
——まずは事業の概要と経緯を。
 
ラトックシステム・馬場 第一工業(敬称略)の「デジタル式電磁弁サーモセット(SVS)」など酒造現場で使用されている温度制御機器と、酒造3工程で品温管理・自動計測・データ化を行う当社のシステム「もろみ日誌」とを連携させ、互いの強みを生かしたビジネスモデルを創出するべくスタートした。
 
第一工業・加納 2020年10月、東北の酒蔵でラトックシステム(敬称略、以下「ラトック」)の「もろみ日誌」を導入する際、当社の温度管理盤のデータを共有・連携したいとの要望があった。これを機に、両社の開発メンバーも含めてもろみ日誌とSVSを一体化させた商品開発に乗り出した。

品温などの変化の過程がグラフで表示される

品温などの変化の過程がグラフで表示される

 
馬場 協業第一弾製品として「SVS遠隔監視モデル」を開発し、6月のFOOMA JAPANでお披露目した。この機器は、新規導入はもちろんのこと、すでに使用されている従来型のSVSに変換ユニット組み込みなど改造を加えて、遠隔監視モデルにアップデートすることも可能だ。温度計測を一本化し、第一工業の技術で温度を制御、当社の「もろみ日誌」で計測データを監視・記録するイメージだ。遠隔通知、帳票印刷機能もある。

変換ユニットを内蔵したSVS

変換ユニットを内蔵したSVS

 
——両社の強みと協業による相乗効果は。
 
加納 温度管理を得意とする当社は、酒造関係では55年前から冷水機を手がけてきた。1993年にSVSの販売を開始し、全国の酒造場に年間平均120台のペースで継続的に納入させて頂いている。今回当社の機器を「もろみ日誌」と連携させることで、記録・帳票印刷まで網羅した機器に進化させることができた。
 
馬場 酒造現場で都度温度を記録するのはかなりの手間と聞いている。特に、世代交代が進んで働き方改革の流れに沿った酒造りを推進している蔵では、週休2日制の要請もあり、記録作業の負担軽減や遠隔操作による利便性向上は不可避だ。
 
当社はIoTデバイス関連の製品開発には自信を持っているが、酒造業界では「もろみ日誌」発売から4年の後発メーカー。酒造現場での機器の管理やサポートに熟練している第一工業とのタッグは非常に心強い。
 
加納 他業種と協業することで生まれる刺激もある。酒造業界でも、世代交代、大容量から小容量仕込みへのシフト、こだわりの酒造りへのニーズなど、変化が訪れている。これに応じて、我々にはなかった発想も取り入れながら機器をブラッシュアップする必要がある。
 
従来は温度管理だけだったところに機能が付加され、スマホやタブレットで遠隔管理もできる。一方で、杜氏の力量が発揮される部分は変わらない。むしろ余裕ができることで、豊かな発想が生まれやすい側面もあると考える。

スマホで通知を受けて品温を確認

スマホで通知を受けて品温を確認

 
——酒造業界にもたらすメリットは。
 
馬場 最大のメリットは、既存品を使えることだ。SVSと「もろみ日誌」の間でデータのやりとりを無線で行うために、もろみ変換ユニットを新たに開発した。これとアンテナを組み込めば既存のSVSのバージョンアップができるため、低コストでIoT化を実現できる。

仕組みを図解したもの

仕組みを図解したもの

 
加納 もろみ変換ユニットが既存のSVSに収まるよう設計するには苦労があったと推察されるが、結果的に顧客にとって一番大きなメリットになった。
 
馬場 SVSはコンパクトで持ち運びでき、どこでも設置できる。その利便性を活かした製品になった。また、もろみ日誌のクラウド化を進め、IoTに馴染みのない方でもスマホさえ操作できれば使えるシステムに仕上がっている。
 
加納 顧客にとっても、使い慣れた機器がベースになるため、導入後の姿をイメージしやすい。
 
馬場 温度制御とデータ計測・監視・記録を兼ね備えた製品は、これまでなかった。当社のアプリで第一工業の機器を操作するということになるが、相互にインターフェイスなどを確認しながら、アプリを作りこんでいる。総合的に安心して利用してもらえるし、お互いに責任を持って提案できる。
 
今後は、桶帳連動機能、仕込配合の事前登録による自動入力機能、分析器等他社製造管理システムからのデータ読み込み機能など、更なるアップデートを予定している。
 
——「SVS遠隔監視モデル」の販売目標は。
 
加納 提案見積もりだけで20社を超えており、受注済みも既に3社ある。目標数は設定してないが、新規電磁弁サーモセット「SVS-R」は順次製造予定だ。1蔵で10台、20台導入されるところもある。酒造りのシーズン開始時にお役立て頂けるよう、今後提案を強化する。
 
馬場 想定よりも既存品改造の希望台数が増えているので、変換ユニットを増産して備える。
 
——今後の展開について。
 
加納 杜氏が造りたい酒づくりの実現を手助けするのが我々の仕事だ。「完成形」はないと思っている。また、近い将来あらゆる機器をスマホ一つで操作する光景が現実化するだろう。他の機器にもIoTを組み込んでいくことを視野に入れ、ラトックとタッグを組んで開発を進めたい。
 
馬場 10月以降にはファーストクーリングタンク(FCT)とも連携する。また、「もろみ日誌」以外に、FOOMA JAPANでは、第一工業の「ファーストステンレスチラーキング(DCU)」と当社のHACCP対応温度管理システム「ハサレポ」の連携を実演した。通知アラートが鳴る様子や、実際に稼働する様子を展示したところ、冷水の温度状況を可視化したいお客様の反応は上々だった。プロモーションも含め協力して、幅広い食品分野にも提案していきたい。