【アサヒグループ食品 川原社長インタビュー】“多刀流”で唯一無二の価値をつくる
アサヒグループ食品は、錠菓市場でトップシェアを誇るミンティアをはじめ、ベビーフードから栄養機能食品、サプリメント、シニア向け食品、フリーズドライと幅広いラインアップを提供する食品メーカーだ。もとはアサヒグループの傘下にあったアサヒフードアンドヘルスケア、和光堂、天野実業の3社がひとつになりグループの食品事業を担う企業として2015年7月に設立した。人々のライフスタイルに寄り添う多様な商品を“多刀流”で展開し、食と健康の課題解決に取り組んでいる。主要ブランドの状況や今後の展望等について、川原浩社長に話を聞いた。
【関連記事】【トップインタビュー】ゆばの新しい食べ方を提案、三和豆水庵の強みをメインに打ち出す/相模屋食料・鳥越淳司社長
――主力ブランド「ミンティア」の状況は
コロナ禍は辛い状況が続いた。ミンティアは2019年をピークに、2020年、21年と2年続けて大きく落ち込み、売り上げは4割ほど減った。食品で売り上げが前年の6割というのは大変なことで、それまでのミンティアの歴史の中でも経験はなかった。
ではなぜ他の食品では見られないほどの落ち込みになってしまったのかと分析すると、やはりコロナによって外出が減ったためだ。たしかにミンティアは人に会う前や会う時、会食や会議などのタイミングで食べられることが多い。だから不要不急の外出を控える中では減ってしまった。
そこで、ミンティアが提供できる価値を深掘りする必要があると考え、さまざまな取り組みを行ってきた。例えばマスク専用のミンティア+MASK(プラスマスク)を発売した。これは当然ながらコロナ禍のニーズを捉えることができた。定番のミンティアをマスク着用時に口にすると、ミントの清涼感が目に染みたり、マスク内にミントの香りがこもってしまったりする。そこで呼気が爽やかになるアロマカプセルを入れ、ミントの香りを抑え、マスク着用時にあう設計にした。
これは状況に応じたアイデアとしてはよかったが、コロナが終わるとその使命が終わることが見えていたので、改めてミンティアを分析し、原点に立ち戻ることにした。ある調査で、ミンティアを召し上がる人たちの半分以上は「強ミント」を好むことがわかった。「強ミント」はエチケット需要や眠気覚まし、リフレッシュへのニーズが高い。
もうひとつは、ミンティアに楽しさを求める人で、これは気分転換がキーワードとなっている。これら2つのニーズへ向けて商品を提案したところ、おかげさまで2024年1~7月のミンティアブランドの売り上げは前年比27%増と好調に推移した。前年1~5月はコロナが2類だったので、そのハンデもあって伸びた側面もあるが、6月以降も好調に推移しており、通年ではコロナ前の水準へ回復する見込みだ。
さらにエチケット需要に向けては、“息にドレス 香りをまとうタブレット”をコンセプトとする「ミンティアブリーズ レモンライムドレス」を今春発売した。消臭対策に主眼を置く従来の錠菓と差別化した商品で、主に若年層をターゲットに想定している。
また2023年に発売した大粒タイプの「ウルトラブラック」はミントの冷涼感を際立たせており、「強ミント」好きの方から好評だった。より強く、長くミント感が残るようにしたところ、大きな反響があった。
さらに2024年春にご当地フルーツをミンティアに組み合わせた新シリーズを小粒タイプで発売した。黄金桃と湘南ゴールドの2品で、計画を上回る好調な売れ行きだ。今後は中身を変えて定番化していき、ミンティアの新ジャンルとして展開していく。そこで9月2日には新商品の「シャインマスカット」「せとか」を投入する。
――コロナが成長の契機になったようだが
5類移行後に人流が回復し、これに伴ってエチケット需要が戻ってきた。そしてやはり、ミンティアは嗜好品だと分かった。これまで「食べ慣れているから」「無くなったから買う」という習慣があった人にとって、「食べなくていい」が習慣になってしまうと、買わなくていいものになってしまう。
したがって、ミンティアをもう一度買う習慣を思い出していただくことが必要だった。その意味では2022年から継続している人気アニメ「ワンピース」のコラボパッケージ品が、ミンティアを再びポケットに入れていただくきっかけになった。また23年にはプリンやメロンソーダなど“昭和レトロ”を彷彿とさせる味を取り入れたミンティアを発売し、これらも話題になった。
コロナという厳しい局面を乗り越えられたのは、流通の方々に支えていただいたことも大きい。「人流が回復したらいずれ需要が戻ってくる」と理解を示していただけたので、ほとんど棚が減らなかった。
――アイテムによるユーザーの違いは
「強ミント」を好む方は、比較的年齢層が高めの40・50代が多い。一方、「弱ミント」や甘系は10代・20代など若年層や女性が中心となっている。売り上げの半分以上を占めるのは「強ミント」系のフレーバーで、そのユーザーの方たちが中心を支えてくださって、それ以外のフレーバーがミンティアのすそ野を広げてくれている。売り上げの幹の部分を太くすることも大切だが、同時にユーザーのすそ野を広げていくという2軸で今後も展開していきたい。
――ベトナム事業について
母子の健康改善に貢献するための事業を独立行政法人国際協力機構(JICA)やベトナム国立小児病院と共同で2023年から展開している。
口内の発達状況に応じたり、その発達を促したりするように食材の種類や硬さ、大きさを選んでベビーフードを与えるという文化は、日本独自の文化だと言われている。日本では、厚生省が戦後に母子手帳をつくり、子どもを健康に育てることで将来、国を支えてくれるという考えのもと、さまざまな仕組みや制度を設けてくださったからだ。
そのなかの一つが離乳食のガイドラインである「授乳・離乳の支援ガイド」で、これがきめ細かくできている。例えば生後何カ月の子どもは食材を何ミリ以下にするなどと細かく定められている。もとは家庭で作るように制定されたものだが、我々のような日本のベビーフードメーカーはこの基準に沿って商品を開発している。
日本の場合は体の成長とともに味覚も発達し、美味しいご飯を食べる習慣ができていく。実際にWHOでは、妊娠してから出産までの約270日と、子どもが生まれてから2歳になるまでの730日の計1000日間の栄養摂取を将来の健康に大きく影響する重要な期間と定めている。
日本の食育は高度に設計されていて、和光堂の商品もこのようにしてできていると当社の担当者が、国立栄養研究所やベトナム国立小児病院の方たちに話したところ、この仕組みをベトナムでも取り入れたいという話に発展した。そこでベトナム政府にかけあってベトナム版のガイドラインの策定に協力しており、来年発表される予定だ。
日本国内では子どもの数は減少傾向にあるが、ベトナムでは日本の2倍生まれている。しかし農村や山岳部では栄養不足が、共働き世帯の多い都市部では栄養過多で肥満の子どもが増えていることが、それぞれ課題となっている。ベトナム版のガイドラインができて仕組みが広がっていけば、必然的にベビーフードの需要も見込まれる。その際は日本国内シェア1位の我々がしっかりとサポートしていきたいと考えている。まずはベトナム政府の取り組みに協働し、道筋をつけていく。いわば、制度と仕組みの両輪を回し、日本の食文化ごと輸出しようという試みだ。
実は当社は2017年までベビーフード単体で商品を提案していたが、なかなかうまくいかず、撤退した過去がある。7カ月の子ども用の食品と言われても現地の方に、その良さは伝わらない。2023年の日越国交樹立50周年を機に開催されたシンポジウムでも、この取り組みを取り上げてくださった。社会的なインパクトもつくっていけそうだ。
2024年4月からハノイとホーチミンでテスト販売を始めており、今後はその結果をもとに本格化していく。ベトナムの都市部には共育て世帯が多いので、ベビーフードがあると助かると感じていただけるだろう。ベトナムにもベビーフードはあるが、粉をお湯で溶かすどろどろとした食感のものが主流だ。そうした状況からすると、日本式のベビーフードを試していただくことで、その良さを実感していただけるのではないかと考えている。
――女性向けの「フェムケア」商品について
女性特有の悩みをケアする商品として、グループ独自の乳酸菌「CP2305ガセリ菌」を配合した「わたしプロローグ」を2024年1月に発売した。「月経」に関する機能性を訴求した日本初の機能性表示食品だ。カルピス由来の乳酸菌研究がもとになって生まれた商品で、健康な女性の月経前の一時的に晴れない気分を軽減する。
この商品を発売した背景にはもちろん女性の社会進出があり、近年はマーケットとしても注目されている。当面の課題はフェムケアの棚がないことだ。女性向けの商品だからといって、化粧品の横に並べれば売れるというものではない。競合やカテゴリーの垣根を超えて横断展開し、やがてフェムケアの商品群の中で選ばれるようになりたい。そうして商品やサービスが当たり前になった時、アサヒグループ食品は初期からフェムケア商品を展開していた企業だと認知していただくことが理想だ。
明らかに症状があるときは、薬を飲んだ方がいいが、薬を飲み続けるのは抵抗感があると感じる方もいる。我々のような食品メーカーがフェムケア商品に見いだせる価値は、毎日継続して摂ることができ、体をおだやかに整えられる点だ。
――社内で「生理痛体験会」を実施したそうだが
フェムケアを提案する企業として、生理がどれほど大変なことなのかを体験するための社内イベントを行った。私も参加した。弱・中・強と3段階の設定だったが、弱でも痛みがあり、強では立っていられないほどだった。しかし女性社員が体験する姿をみると、「この程度か」という感じで普通に会話していることに驚いた。
あくまで体験ではあるが、貴重な機会となった。実際はこれよりも痛いと聞き、女性のみなさんに対して尊敬と感謝の意が膨らんだ。例えば歯や頭が痛いことは会社に申告できるのに、生理痛について同じように話せないのでは不公平だ。今はまだ「生理休暇」という言葉を発することにも抵抗があるという。そうした状況を少しずつ変えていきたいと考え、社内ではあえて「生理」と言葉を発するよう心がけている。
――グループ素材を活用したビール酵母事業もある
アサヒグループでは、ビールの製造工程で発生する副産物のビール酵母の有効活用に古くから取り組んできた。酵母そのものに栄養分が豊富に含まれており、例えばこれを「エビオス錠」として提案している。
酵母を中身と外身に分けると中身は酵母エキス、外が細胞壁と呼ばれるものだ。酵母エキスのなかにはグルタミン酸などのうまみ成分が含まれており、多くの加工食品に用いられている。最近では代替肉の大豆ミートをいかに肉の風味に近づけるかという時にも使われている。このような状況をふまえると、将来にわたって発展していく事業だと考えている。
――グループの食品事業を一挙に担う“多刀流”の取り組みについて
おかげさまで当社のブランドや商品は、足元をしっかりと支えてくれているものが多いので、将来へ向けて、今から手を打つことができる。一定の時間をかけて、ただし世の中の役に立つと自信をもってすすめられるものを選んで育ててきたという自負がある。その一方、BtoCメーカーとして、お客様のニーズにもこたえていきたいと考えている。
アサヒグループは売り上げの80%以上をアルコールで占める会社だ。その意味では当社のあり方が大きく変わることは将来にわたってなく、グループとしての売上構成比もそう大きくは変わらないだろう。
しかしアルコールを販売するグループに食品を出せる会社があるということ自体が、特有の価値だ。健康や環境に配慮しつつ、私たちだからこそ出す価値やサービスがある。そしてこのようなグローバルビールメーカーは無い。その意味では、唯一無二の価値を世の中に提供できる可能性を秘めている。
――就任から3年経ったが
3年ぐらいで一通りのことはできると思っていたが、そんなことはなかった。階段を一つあがると次の景色が見え、次のやりたいこと、やるべきことがたくさん見えてきた。これは永遠にあり、逆に言うと永遠に発展できるということでもある。それが食に携わらせてもらえる幸せな部分で、食を通じて人類が求めることはたくさんあるということだ。健康も長寿も美味しさも幸せもある。アサヒグループ食品としてやるべきことが、まだまだたくさんある。