拡大するリテールメディアの現在、若年層の新規顧客層取り込みで効果、データを販促や商品開発に活用
近年、小売業界や広告業界やで「リテールメディア」という言葉が注目されている。リテールメディアとは、文字どおり小売業(リテール)が提供する媒体(メディア)のことを指す。人々の時間の過ごし方が多様化する中、テレビCM等従来の「マスメディア」による広告効果に疑問符がつくようになってきた上、新聞購読率の低下でチラシ販促の効果も落ちてきていることが注目されるゆえんだろう。ここではその一端を紹介する。
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〈SMのリテールメディア、価格訴求だけではなく商品の良さを伝える〉
スーパーマーケット(SM)においては、古くからたとえばシジシーグループが無料で提供する情報誌(フリーペーパー)『ふれ愛交差点』(1978年創刊)のほかSM各社の冊子形式の紙媒体が多くあり、また新聞折込チラシも企業によっては単なる価格の羅列ではなく、商品の良さや活用性を伝える工夫されたものが出されてきた。販促費の扱いはそれぞれだろうが、これらも立派な「リテールメディア」にほかならない。
ただ筆者の印象では、近年注目度が高まっている「リテールメディア」という語には小売業が提供するスマホのアプリや店頭のデジタルサイネージでの広告・販促の展開を指す場合が多いように思う。特にアプリ販促は、特定のロイヤルカスタマーに向けてその人に合った販促を行うことが可能な上、広告効果の測定および蓄積したデータを商品開発に活用するなど、データ活用の側面からも注目されている。
たとえば中四国・九州エリアを中心に店舗展開するイズミ(広島市)では、アプリ販促の強化により30~40代など若年層顧客の取り込みを行い、その顧客との長期的な関係強化を図ろうとしている。同社に限らず、多くのSM企業、特に地方部では顧客層の高齢化が課題となっており、その打開に繋げようとしている。
同社のアプリ『ゆめアプリ』の会員数は今年度上期で221万人を数えたが、その会員の売上構成比はこの第2四半期(6~8月)で42%を占めるという。また、アプリ会員は月間での客単価が24%高く「新たなロイヤルカスタマー」と言える存在で、客単価の増加にもつながっている。そして個々の顧客に合わせたアプリクーポンによる「個」への販促により、闇雲に値下げする従来の販促と比べ効率化も可能になるという。
さらに同社幹部によれば、アプリでのクーポン販促は基本的にはメーカー側の販促費で成り立つため自社の持ち出しを減らせる一方、その確実な効果からメーカー側からの注目度も高いためオファーが多く、スマホの画面という限られた面積を活かす顧客利便性の面からそのオファーを断らざるをえないケースもあるそうだ。
〈食品卸には新たなビジネスチャンスも〉
こうしたSMのリテールメディアにおいては、一部の大手・先進小売業を除くと大手卸が背後でサービスを提供しているケースが多いようだ。大手卸各社とも、数年前からアプリやデジタルサイネージでのサービスを提供している。中小とは言わず中堅以上の大企業であっても、小売業個社ごとにアプリ開発やデータ分析などのIT人材を抱えることが難しい。とりわけ地方の小売業では、IT人材の確保が余計に難しく、アプリ開発等を集約するのは当然の帰結だろう。
またアプリ販促等を行うにしても、無数にある小売企業が個々にメーカーと交渉することには限界がある。アプリ開発を外部のシステム開発会社等に委託したとしても、それは同様だ。ここでは詳しく触れないが、まさに「なぜ日本の食品業界では卸売業が機能し続けてるのか」、要はメーカーも小売業も無数にある(多少非効率であっても)多様性が好まれる文化の中で、卸売業の必要性が高いという流通構造の根本にもかかわる要因もあるかもしれない。
そして食品卸企業側も、本業である卸売業に留まらない新たなビジネスチャンスとしてこうした部門を強化している。中間流通業として、主に小売業にはアプリの提供、販促支援で、メーカー等に対して商品のより詳しい情報提供やトライアル等を増やそうという試みだ。
たとえば、加工食品卸最大手の日本アクセスでは、2020年ごろから「情報卸」を標榜し、子会社であるD&Sソリューションズを通じデジタルマーケティングの強化を行っている。あえて子会社を主体としたことは、通常の商流とは分ける(同社の納入商品のみにしない)意図があるそうだ。同社はすでに大手を含めた20数社とこうした取り組みを行っており、その中にはSM大手も含まれている。
三菱食品は「データ×デジタル(DD)マーケティング」を掲げ、急速に進化する、デジタル・生成AIなどの技術を徹底的に活用することで、新たな仕組みを構築し、需要創造につなげるとしている。レシピサイト「クラシル」などを運営するdelyや、人流ビッグデータを収集・分析するunerryと提携し、アプリ等によるデジタル広告や店内サイネージを掛け合わせた施策により、小売業の集客やメーカーの売上増などの成功事例を積み重ねているという。
伊藤忠食品は10月までに、SM等の店頭で展開するデジタルサイネージの設置場所を売場のみならず店舗入口やレジ前などに拡大し、設置台数が1万台を突破した。10月7日に、セルフサービス機器やITソリューションを手掛けるグローリーと東急ストアとともに、リテールメディア事業におけるデジタルサイネージ広告での協業を開始した。
〈CVSのリテールメディア、既にアプリは大きく展開〉
コンビニエンスストア(CVS)大手においては、既にアプリは洗練されてきており、差別化に繋げにくい中で、ここでは割愛するがポイント還元施策などが目に付くようになってきている。SMと異なり自社開発商品が多いCVSでは、アプリ販促もSMと少し異なるのだろう。
そうした中で1つ注目されるのが「デジタルサイネージ」の分野だ。ファミリーマート(ファミマ)が10月9日、発表した決算では、店内設置のデジタルサイネージによるリテールメディア「FamilyMartVision」を中心とする広告・メディア事業が利益を押し上げており、細見研介社長は「将来を切り開くことを感じさせる決算」と評した。細見社長によれば、同メディアの広告主の6割は同社に商品を納入していない企業であり、小商圏を活かし、地域の求人などの広告も多く獲得しているそうだ。
同社は「FamilyMartVision」とアプリ「ファミペイ」を組み合わせてコンビニのメディア化を図り、魅力的な商品やサービスを提供することで顧客との接点拡大を図るとしている。
なお、セブン&アイ・ホールディングスの井坂隆一社長も、国内・海外の店舗網を活かし、大型店とは異なったリテールメディアによる顧客との接点づくりに取り組んでいくと話している。