海藻アスパラゴプシスを利用した飼料添加物で家畜由来のメタン排出量を削減/【インタビュー】豪州タスマニア州・シーフォレスト社辰巳正幸博士
現在、世界各国で地球温暖化防止に向けた取組みが進められるなか、畜産業界においても温室効果ガス(GHG)の排出削減に向けたさまざまな取組みが行われている。そのなかでも、畜産大国の豪州で家畜由来のメタン排出量の削減として有望視されているのが、海藻の一種である「アスパラゴプシス」(日本では通称「カギケノリ」)の飼料添加物としての利用だ。
――シーフォレスト社ではどのような活動を行っているのでしょうか
豪州において、当社は海藻の養殖会社と思われることも多いが、「Environmental biotechnology company(環境技術企業)」としてアスパラゴプシスの養殖に加え、その研究に力を注いでおり、科学ベースのエビデンスに基づいた活動を行っている。設立から5年が経過するが、当初はアスパラゴプシスの養殖の仕方について、まだ誰も分からない状態で活動が始まった。そこから、海藻の有効成分をどのように抽出・安定させ家畜に与えていくのか、またどのようにして商業化していくのか、日々研究を進めている。
今回、その分野のパイオニアとして知られ、豪州タスマニア州に拠点を置くシーフォレスト社(Sea Forest Limited.)で海藻養殖の研究開発責任者として活躍する辰巳正幸博士にインタビューの機会を得た。辰巳氏は「日本においても、まずはこの研究・活動を知ってもらうことで、環境に関心を持つきっかけになれば」と話す。アスパラゴプシスの効果や同社の製品展開、海外市場を含む今後の展望などについて聞いた。
――どのようにしてアスパラゴプシスの研究が始まったのでしょうか
私自身は現在、海藻養殖の研究開発責任者としてアスパラゴプシスの養殖について研究を行っており、当社のもうひとつの科学チームでは、海藻から抽出したオイル(以下、「シーフィード」)を飼料としてどのように家畜に与えるかを研究している。このように、当社では海藻養殖から製品化に至るまで、また実際に「シーフィード」を家畜に給餌することでどのくらいメタンが削減できるのか、すべての研究を行っている。
豪州では、豪州連邦科学産業研究機構(CSIRO)とジェームズクック大学の共同研究により、アスパラゴプシスを牛や羊などの家畜に給餌することで、(主にげっぷにより排出される)メタン排出量が90%以上削減されるということが明らかになった。その後、特許整備などをして、2016年に論文として発表された。この成果を管理するため、官民共同でフューチャーフィード社が設立された。同社が国内外に向けて商業化のためのライセンスを発給しており、現在、シーフォレスト社を含む9社が認証を受けている。アスパラゴプシスは豪州やニュージーランド、日本を含む東南アジア、ハワイに生息している。従来、アスパラゴプシスは何かに使われることはなかったため、養殖の仕方などが一切分かっていなかった。しかし、研究により家畜由来のメタン排出量を削減する効果があると分かり、以降、各社が養殖の仕方や有効成分の安定性を図る研究を進めている。
――実際の効果や肉質・食味への影響については
(飼育環境によっても異なるが)シーフィードを牛の1日当たりの飼料に0.5%程度混ぜることで、約80%のメタン排出量を削減することが確認されている。シーフィードを飼料に混ぜることで、肉質や食味に影響することはない。その一方で、研究によっては、飼料効率や成長率が向上したという結果が報告されている。これについては、さらなるデータ収集を行っているところだ。
現在は飼料にオイルを混ぜて与えるという方法が主となるが、放牧されている家畜にも対応するべく、その第一歩の取組みとして、オイルを配合した「リックブロック」を製品化した。ことしに発売を開始しており、「オーストラリアン グッドデザインアワード2024」で金賞を受賞した。
――豪州での導入・利用状況は
確実に広がりをみせている。ただ、カーボンクレジットが整備されていないという点もあり、コスト面をどうリカバリーしていくかが課題となっている。まずはサプライチェーン全体でローメタン(低炭素)の食肉生産を確立し、生産者に安心して使ってもらうことが重要だと考えている。
一方で、豪州では一般消費者への認知を高めるPR活動も行われており、豪州のハンバーガーチェーン「グリルド」では、アスパラゴプシスを給餌した牛肉をパティに使用した「ゲームチェンジャーバーガー」を販売した。通常のハンバーガーより1豪ドル高く設定し、ハンバーガーを注文した客に環境に配慮した商品として「ゲームチェンジャーバーガー」をおすすめする、というプロモーションを行った。当初予想を大きく上回る、約35%の人が「ゲームチェンジャーバーガー」を注文するなど一般消費者においても関心の高まりが伺える結果となった。このほか、タスマニア州の量販店では、アスパラゴプシスを与えた世界初のローメタン牛乳「エコミルク」なども販売されている。
――海外市場での展開の可能性はどうでしょうか
アスパラゴプシスは新たなテクノロジーとなるため、まだ多くの国で飼料添加物として承認されていない。第一のステップとして、各国で承認を受けられるよう着手しているところだ。実際に、日本からの問い合わせも多くある。
供給面については、当社では1,800ヘクタールの海上養殖場を持ち、今後拡大できる周辺の海洋域を含め、最大で計5,300ヘクタールの生産場を保有している。アスパラゴプシスは陸上養殖も可能なため、陸上養殖用の土地(30ヘクタール)も購入し、陸上養殖場を建設している。本来アスパラゴプシスが生息していない国・地域でも、バイオセキュリティを整え、海水さえあれば陸上でも養殖することができるため、海外でも生産拠点を増やしていくことは可能だ。海外での展開を考えると、初期段階では製品自体を輸出して徐々にマーケットを確立していく必要があるが、将来的には現地で生産拠点を構え、「地産地消」を進めていくことが理想的なモデルとなる。
〈畜産日報2024年12月25日付〉