コーヒー価格2倍の危機、業界の企業努力と消費者への影響

〈コーヒーが“贅沢品”になる日が来る?〉
コーヒー各社が値上げを発表し、店頭価格も以前より高くなったと感じている人は多いだろう。実際、コーヒーの国際相場は過去47年で最高水準に達し、日本の市場でも価格がじわじわと上昇している。
2024年12月には、アラビカ種が300セント/ポンド(約454g)、ロブスタ種が5,000ドル/トンを超えた。そして、2025年2月にはアラビカ種が過去最高の431セント/ポンドとなり、ロブスタ種も5,826ドル/トンにまで高騰。アラビカ種は2024年1月と比べると約2.2倍もの価格上昇となっている。

「この1年間でコーヒー相場は非常に上がっています。特に直近の状況は、2024年の年末には320セント前後だったのですが、2025年2月には400セント強となり、短期間のうちに約30%上がりました」と、UCC上島珈琲SCM本部原料輸入部の中村公佑部長は語る。
では、なぜここまでコーヒーの価格は上がっているのか。そして、消費者は今後どうなるのか。家庭用コーヒーメーカーの大手各社にきいた。
〈価格高騰の主な要因〉
価格高騰の主な要因は、世界的なコーヒー需要の増加(特にアジア圏)と、主要生産国のブラジル、ベトナムの天候不順による生産量の減少。そして、投機マネーの流入があり、さらに日本では長期的な円安傾向も背景にある。
「2024年、ブラジルでは降雨量が少なく、雨季入りへ遅れや、高温と乾燥した気候が続いたことによるコーヒーの樹へのダメージが大きかったことから、2025年の生産量が大幅に減産になると予想されています。各社から発表される生産量の下方修正のニュースと需給の乱れを主な要因として、2024年11月~12月にかけて相場が急騰しました」(UCC上島珈琲中村部長)。
キーコーヒーの広報担当者は、「2021年のブラジルの大規模霜害、2023年のベトナムでのエルニーニョ現象など、気候変動による影響は継続しており、長期的な問題と認識しています。また、中国を中心にアジア圏の消費増加が影響しているでしょう。これらの要因が需給バランスの悪化に拍車をかけています」とする。
味の素AGFの担当者は、気候変動の影響によるブラジルとベトナムの減産を要因に挙げつつ、「2025年の収穫量の見通しも含めて4年連続で需給が逆転する見込みが公表されたため、相場が高騰しています」と話した。
ネスレ日本も、価格改定を行う理由として、「長期的な円安傾向に加えて、コーヒー豆の価格高騰が続く中、やむを得ず、価格改定を実施しました」とコメント。さらに、「世界的な需要増加によって、需給のバランスが崩れています。そこに投機筋も入ってきており、市場価格の上昇につながりました」との見解を示している。
今後の相場の見通しについて、UCCは次のように話す。「相場を大きく下げる要因は今のところありません。生産国側の状況に加え、焙煎業者が買い遅れていること、低水準な消費国在庫の状況から、当面は高止まり基調が続くと思われます」。
味の素AGFは、「現在の相場は生産者サイドの売り渋りもあり、投機筋に必要以上に買い上げられています。初夏より始まるブラジルの収穫に向けて順調な天候であれば、少し落ち着くと思います。ただし、中期的に見ても、需給の逼迫(ひっぱく)感は完全に払しょくするのに時間がかかるため、今後も大きな下落はないと考えています」とする。
〈相場高騰でも店頭価格が大きく上がっていない理由〉
ただ、相場が倍以上になるほど原料が急激に高騰しているにもかかわらず、各社は価格改定を複数回行っているものの大幅な値上げをしていない。その理由はコーヒーの消費量を下げないために、業界各社が企業努力をしていることが背景にある。
UCC上島珈琲は、段階的に価格改定を実施しているが、「相場の上昇に比べると価格はまだ抑えられている」という。同社マーケティング本部嗜好品マーケティング部の井上俊之部長は、「上げ幅は、店頭価格も見ながらお客様に継続してコーヒーを飲んでいただけるようなところで設定させていただいている。ただ、現在はどうしても相場上昇スピードに追いついていない状況となっており、今後は今まで以上に変わっていく必要性を感じている」。
UCCは、2025年に入ってからの急激な相場高騰により、2月27日に家庭用コーヒー製品の5月からの価格改定を発表した。2025年3月の値上げに続くもので、業務用を含めると短期間で今年3回目となる。
キーコーヒーは、「基本的には、営業努力や業務効率化による販促費削減などの企業努力で原材料高騰に対応しており、それだけでは対処できない分を価格改定で補っています。また、製品の製造原価は包材などさまざまな要素で構成されており、改定額の設定はそれら複数の要素を踏まえて行っています」としている。
味の素AGFは 、「その時のコーヒー相場の状況と今後の見込み、生活者のお買い求めやすさなどを熟慮した上で判断をしていますが、直近のコーヒー相場の動きについては、当社の想定以上のスピードと上昇幅であり、価格改定が追い付いていないのが現状です」と話した。
〈消費量の維持・向上へ1杯の価値を高める動き〉

各社は逆風の中でもコーヒー市場を活性化する施策として、価値提案の強化を図っていくという。UCC上島珈琲の井上部長は、既存品の味覚向上に取り組むとともに、「新しい切り口での提案が重要になると考えている。たとえば、機能性表示食品やカフェインレスなど健康を意識した新しい価値も提供していく。さらに、サステナブルな取り組みも発信していきたい」とした。
キーコーヒーの担当者は、以下のように話す。「ユーザーの傾向は、安いものを買う、一時的に安くなっているから買う、商品の付加価値を感じて買うと、大きく三極化の傾向にあるとみている。各ユーザーにとって適切な商品価値を提案しつづける必要がある。“商品の付加価値を感じて買う”お客様にはコーヒーの品質とともに、飲用シーンや時間・場所といった、味わい以外の情緒的な価値も訴求していく必要がある」。
味の素AGFは、これまで以上にインスタントコーヒーの価値をコミュニケーションするとしている。「インスタントコーヒーは一粒のコーヒー豆からコーヒー成分を余すことなく引き出し、アロマ技術でパウダーに閉じ込める製法で、われわれの技術の結晶であり、あらゆる物が値上がりする中で1杯十数円と依然リーズナブルで、手軽においしく作れる。その意味からもインスタントコーヒーの魅力が相対的に高まると考えている。
〈これからもコーヒーが飲み続けられるように〉
今後、コーヒーは飲み続けることができるのだろうか。各社は、持続可能なコーヒー生産の実現に向けて、生産国などで気候変動対策や農園支援を行っている。
UCCは、「ネイチャーポジティブ」を掲げ、2024年8月に森林破壊ゼロ宣言を行った。戦略的生産国として4カ国を決定し、タンザニアでは、国際農業開発基金が実施する民間セクター・小規模生産者連携強化イニシアティブのパートナー企業となり、同国でのコーヒーバリューチェーンの構築に取り組む。官民連携で世界のコーヒーの小規模生産農家を支援していく考えだ。気候変動対策では、焙煎時にCO2を排出しない水素焙煎機を静岡・富士工場に導入し、4月から本格スタートする。
キーコーヒーは、2016年に世界的なコーヒーの研究機関である「ワールド・コーヒー・リサーチ」との協力を発表。インドネシア・トラジャ地方の直営パダマラン農園で、気候変動に適応する品種開発につながる栽培試験を継続的に行っている。また、トラジャでの知見を他の小規模産地でも生かすため、2024年は環境省の案件を受託し、エチオピアの小規模生産者支援につながる活動を行っている。
同社は、「気候変動による影響として“コーヒーの2050年問題”がある。これは、2050年にはアラビカ種の生産地が半減するというもの。いま、持続可能なコーヒー作りを進める必要があります」とする。
味の素AGFでも、気候影響によるコーヒー産地での生産量変動を抑制するために、8年前よりアミノ酸生産の副産物から作ったコプロ肥料の散布などの取り組みを主要原産国とはじめ、供給の安定化を支援している。また、インスタントコーヒーの製造では、一粒のコーヒー豆からできる限り多くのコーヒーを抽出するなど、技術の深耕に努めているという。
ネスレは、2022年10月に「ネスカフェ プラン 2030」を発表し、コーヒー栽培を持続可能なものとするため世界的プログラムを打ち出した。それは、2025年までに100%責任ある調達を行い(日本はすでに100%達成)、再生農業を通じたコーヒー豆を20%調達すること。さらに、2030年までに再生農業を通じたコーヒー豆の調達を50%まで引き上げるとともに、温室効果ガス排出量を50%削減することだ。ネスレは2030年までに10億スイスフランを投資する計画。日本でも、「ネスカフェ プラン 2030」の知見を活かし、沖縄で国産コーヒー豆の特産品化を進めている。
コーヒーは、日本で最も飲まれている嗜好飲料だ。杯数シェアで20%超(2024年1-12月、味の素AGF調べ)となっている。ただ、コーヒーの価格は相場の高止まりに伴い、今後も上昇する可能性がきわめて高い。各社は企業努力で生活者の負担を最小限に抑える工夫と、一杯の価値を高める努力を続けていく考え。日本のコーヒー市場が今後どのように変わるのか。引き続き注視する必要がありそうだ。