プロ40年目を迎える“キング・カズ”はなぜCMでも移籍を繰り返してきたのか、1992年3月サントリー「デカビタC」発売【食品産業あの日あの時】
間もなく58歳を迎える“キング・カズ”こと三浦知良(JFL鈴鹿)が来季も現役を続行する意向を明らかにした。実現すれば40年目の節目となる。キャリアを通じてのべ20以上のクラブに所属し、今なおチャレンジを続けるレジェンド。その前向きなキャラクターは多くの企業からも愛され、CMでもたびたび“移籍”を繰り返してきた。
1992年3月、サントリーフーズ(現・サントリー食品インターナショナル)はローヤルゼリー入り炭酸飲料「デカビタC」を発売した。開発のきっかけは同社の担当者が、塾に向かう小学生が「オロナミンC」(大塚製薬)を2本持っている姿を見たことだという。1989年には「24時間戦えますか」のキャッチコピーで「リゲイン」(三共〈当時〉)が大ヒット。1991年にはピップフジモトの「ダダン」がインパクト抜群のCMで話題となった
だが当時、これらの薬用成分入りドリンクの販路は薬局・薬店に限られており、子供たちが気軽に入手できる栄養ドリンクはほぼ「オロナミンC」一択。「もっとたくさん飲める栄養ドリンクがあったらいいのに」。調査から浮かび上がったのは、塾通いや習い事の合間にコンビニに立ち寄り栄養ドリンクで気合を入れる、多忙な子供たちの姿だった。
デカビタC誕生:時代が求めた新しい栄養ドリンク
「オロナミンC」との差別化を図るため、「デカビタC」は210mlの大容量ビンを採用、成分の面でもレモン16個分のビタミンCとローヤルゼリーを添加。さらに「オロナミンC」が“小さな巨人(読売巨人軍)”なら…と選ばれたのが、翌年からのJリーグ開幕を控え急激に注目度を増していたカズ(当時25歳)だ。サッカー選手らしからぬ大きな肩パット入りのトレンディなイタリアンスーツでサッカーボールを操るカズのCM効果はてきめんだった。
「デカビタC」は当初販売目標の300万ケースを大きく上回る660万ケース(24本入り)を初年度に売り上げるヒット商品へと成長。CM中で彼が叫ぶ「バモラァ!(ポルトガル語で「いくぜ!」といった意味)」は流行語にもなった。
カズが広告で起用されるワケ:「年齢にかかわらず夢に向かって頑張る人を応援」
その後、ドーハの悲劇、セリエA移籍直後の大けが、フランス・ワールドカップの最終メンバー落選…。カズのキャリアは決して順風満帆とは言えなかった。2011年、すでに日本最年長プロサッカー選手となっていた当時44歳のカズ(所属は横浜FC)に声をかけたのはコカ・コーラだ。缶コーヒー「ジョージア ヨーロピアン コクのブラック」のCMに“ヨーロッパを知る男”として起用されたカズは、ここでも自ら選んだというイタリアンジャケットで登場し、流ちょうなイタリア語を披露した。ちなみに2014年のブラジル・ワールドカップの際には、今度は“ブラジルを知る男”として同社の「太陽のマテ茶」のCMにも起用されている。
2016年、50歳を目前したカズは大谷翔平選手(当時北海道日本ハムファイターズ)とともに、大正製薬の「リポビタンD」のイメージキャラクターに起用された。大正製薬は当時その理由を「『年齢にかかわらず夢に向かって頑張る人を応援する』というブランドコンセプトに合致する」と説明している。
同年秋には立て続けにキリンビバレッジの「ファイア」のCMにも出演。キリンビバレッジは17年ぶりの大リニューアルに挑戦する「ファイア」を、「自身もトライ&エラーを続ける三浦さん(発表時のプレスリリースより)」のイメージに重ねた。いずれも飲料のCMだが、「リポビタンD」はドリンク剤(指定医薬部外品〈医薬品から医薬部外品に移行された品目〉)、「ファイア」は缶コーヒーと商品カテゴリーが異なるため、この時は問題にはならなかった。
業界の規制と契約の壁:裁判が投げかけた課題
2021年、サントリーウェルネスは54歳になったカズをサプリメント「セサミンEX」のブランドメッセンジャーに起用。カズがサントリーグループのCMに出演するのは「デカビタC」の契約終了(1999年)以来約20年ぶりのことだった。だが、この起用が波紋を呼ぶ。「リポビタン」シリーズで長年カズを起用してきた大正製薬が、新たに錠剤タイプの「リポビタンDX」の発売に際してカズを起用しようとしたところ、事務所は契約書に「錠剤」の記載がないことから拒否。
あろうことかサプリメント市場の最大のライバルであるサントリーの広告に出演を決めたとあって、大正製薬はカズの所属事務所を提訴するに至る。裁判は大正製薬側の敗訴に終わったが、大正製薬はプレスリリースでことの顛末を公開。「裁判所の判断は、業界の健全な社会常識に明らかに反するもの」と批判すると同時に、「競合する会社間で、同一のスポーツ選手や芸能人を広告宣伝に起用する際には、出演者、広告代理店及び広告主が互いに配慮することこそが、業界の発展に寄与し、持続可能とするものであり、企業価値の向上に資するものであると考えております」と結び、サントリー側の姿勢も非難した。
「セサミン」が発売されたのは1993年。「デカビタC」が大ヒットし、カズがJリーグ初代MVPに輝いた年だ。当初サントリーは“お酒と上手に付き合うために”というキャッチフレーズで「セサミン」のソフトカプセルをKIOSKや薬局・薬店で販売したが、ビジネスとしては伸び悩んだ。
カズがプロサッカー選手を続けてきた40年の間に、「リポビタンD」をはじめとしたドリンク剤はコンビニでも気軽に購入できるようになり、「セサミン」は通販に活路を見出した。サントリーのウエルネス事業は現在、「お酒」「飲料」に次ぐ同社の“第三の柱”と言われるまでに成長している。なんのことはない、変わったのは流通であり、食品・飲料と医薬品の境界線なのだ。
【岸田林(きしだ・りん)】