1999年3月3日:「桃の天然水」が『桃の日』制定、二人の歌姫の運命を変えた日【食品産業あの日あの時】

3月3日はひな祭り…と同時に、実は様々な記念日でもある。2025年現在、一般社団法人日本記念日協会に認定されている食品関連の記念日に絞っても「キシリクリスタルの日(登録者は春日井製菓)」、「骨の健康デー(アサヒグループ食品)」「春のちらし寿司の日(あじかん)」「みたらしだんごの日(山崎製パン)」「ポリンキーの日(湖池屋)」と多種多様だ。
“記念日マーケティング”流行の端緒としてよく取り上げられるのは、平成11年(1999年)11月11日、江崎グリコが提唱した「ポッキー&プリッツの日」。だがその8カ月前、日本たばこ産業(JT)が1999年3月3日を「桃の日」と定めていたことは、現在ではあまり知られていない。
JTの「桃の天然水」の発売は1996年3月4日。当初は350ml缶での発売だったが、翌1997年3月に500mlペットボトルが投入されると人気に火が付き始めた。同年にはキリンビバレッジの「サプリ」が530万ケースを超える大ヒット。
若者を中心に“ニアウォーター”というカテゴリーと、小型ペットボトルを持ち歩いて飲む飲用習慣が定着しつつあった。手ごたえを感じたJTは「桃の天然水」を旗艦ブランドに育て上げるべく、歌手の華原朋美さんを起用したTVCMを1998年2月から放映した。
「桃の天然水は、なんだか、ヒューヒューです。」
当時ミリオンヒットを連発していた華原さんが、透明なのにしっかりフルーティな味わいが楽しめる“果汁系ニアウォーター”の不思議な魅力を伝えるこのCMは大きな反響を呼び、「桃の天然水」は同年に空前の1600万ケースを売り上げるメガヒットに。「ヒューヒュー」はこの年の流行語にもなった。
翌1999年、JTはさらなる積極攻勢に出る。同年2月には森永製菓との共同開発で「桃の天然水(かちわり氷)」、「桃の天然水キャンディ」を発売。ブランドのさらなるブームアップを狙って定められたのが3月3日の「桃の日」だった。TVCMでも引き続き華原さんが「朋ちゃんが、決めました。3月3日は“桃の日”! ヒューヒュー!」と高らかに宣言する、はずだった。
だが1月30日、華原さんが自宅で料理中に事故を起こして緊急入院したことがセンセーショナルに報道される。ほどなく、前年末には音楽プロデューサーとの関係が破局を迎えていたことも明らかになった。メディアは二人のスキャンダルや華原さんの行動を一斉に報じ始めた。華原さんは年明けからに休養に入り、3月いっぱいでJTのCMを降板。表舞台からも姿を消した。
同年5月に新フレーバー「りんごの天然水」の発売を控えていたJTも、急きょ軌道修正を迫られることになった。新たに「桃の天然水」のCMに起用されたのは、前年にCDデビューしたばかりの歌手、浜崎あゆみさん。キャラクターは代わったが、「ヒューヒュー」のフレーズは引き継がれた。たった1年間のCM出演だったが、この起用によって広く認知された浜崎さんは、2000年代を代表する歌姫となった。
芸能界も清涼飲料も、流行の移り変わりは早い。2000年代に入ると「生茶」(キリンビバレッジ、2000年発売)をはじめとした無糖茶ブーム、「い・ろ・は・す」(日本コカ・コーラ、2009年発売)に代表される国産ペットボトルミネラルウォーターとの商戦激化などのあおりを受け、「桃の天然水」の存在感は次第に薄れてゆく。
2015年、JTは飲料事業からの撤退を表明。同年7月にはサントリー食品インターナショナルがJTの自動販売機網と、「桃の天然水」などのブランドを総額約1500億円で取得した。
当時はおりしも、「サントリー天然水」「い・ろ・は・す」といったブランドから週替わりで新製品が投入される“フレーバーウォーター”ブーム。翌2016年にはサントリー食品インターナショナルから、「サントリー天然水」を使った「桃の天然水」がセブン&アイグループ限定で発売された。
JTの事業譲渡に伴い、「桃の日」は現在、日本記念日協会の記念日としては登録されていない。発売から間もなく30年、「桃の天然水」ブランドを冠した新製品も久しく登場していないが、この時期になると、あのほのかな甘さと、「ヒューヒュー!」の声が脳裏に浮かぶ。
【岸田林(きしだ・りん)】