老いても食と睡眠の充実を 超高齢者時代、健康に老いるための工夫あれこれ/管理栄養士・田丸瑞穂
詩人・茨木のり子の詩に「伝説」という作品があります。「青春が美しい と言うのは伝説である」という言葉で始まるこの詩は、成人した作者がいわゆる「青春時代」を振り返った作品で、当時10代の「青春真っ只中」(?)にその詩と出会った私はとても衝撃を受けたのを覚えています。ヘッセや漱石、中也など、若い世代の挫折感を文章で表現した人や作品は決して少なくなかったものの、この詩が私にとって印象的だったのは、その青春の「挫折感」よりも後にくる年老いた世代の現実を、当時目の前の出来事だけで窒息しそうな青臭い私に、少しとはいえ想像させてくれたからでした。先日、職場で(人生の)センパイがぽつりと言った「老いってね、結構寂しいものよ、若いヒトにはわからないかもしれないけど」という言葉を耳にしたとき、ふと昔に読んだ彼女の詩が思い起こされたのでした(センパイ…、でも私、若くないから少しわかります…けど)。
彼女の詩は私に若い時代の苦悩にはタイムリミットがあることを教えてくれました。と同時に、人生ってそんな辛いことばかりでもないかもしれないけれど、楽しいことばかりでもない、という、ひとつの揺るがない現実を教えてくれたような気がします。おかげで、私は、若さに過剰な期待もなく、同時に老いに対して極度な恐れも抱かずに現在まで生きてくることができたのかもしれません。この年齢まで大病もせず、怪我もなく、しかもお気楽な性格でいられるのは、若い時代に遭遇したヒトとの出会いはもちろん、このように本や音楽や映画や絵画との出会いのおかげであると思っています。
〈生きるパワーは日常生活の経験から〉
とはいえ、私は日々の生活に追われるような家庭で育ちましたので、決して芸術などを愛でるようなゆとりある環境には一度も身を置いたことはありません。姉の本棚で小説の面白さを知り、テレビで映画の楽しさを知ったくらいです。つまり「芸術」は私に人生に彩りを与えるものであっても、「老い」に向かって生きていくためのパワーを与えてくれたわけではないような気がします。むしろ、何ら変哲もない日常生活からの経験がエネルギーになっているように思います。そんな私が日々のあわただしい生活の中で「健康に老いるために」学んだことは、〈1〉好き嫌いなく何でも食べる 〈2〉早寝早起き…すること、です。今日まで、(ぐーたらの私でもできる)この2つを実践することで、健康を維持することができるだけでなく人生の終盤に向かう気力体力を育てているような気がします。
〈「好き嫌いなし」によって食を楽しむ〉
最近はことに心身がくたびれるお年頃になってきました。そんないまになって改めてこの日常の学びが、現在までのお気楽な私を十分に助けてくれているんだなあと実感しています。まあ、一応、栄養士という肩書はあるので、日々口にする食べ物について関心がないかといえばウソですけれども、だからといって食事のたびに栄養価計算なんてやっていたら食事自体が味気ないものになってしまいます。
幼少の頃、食い意地は人一倍あった私ですがそうはいっても食べ物の好き嫌いはそれなりにありました。ところがわが家は「食べ物の好き嫌いは禁止」、という鉄のルールがあったので、否応なしに食べ物の興味・関心については、「とりあえず何でも食べてみる」という発想に切り替えざるを得ませんでした。その後年を重ねるにつれて、それなりに知識や経験を積んだ結果、その「何でも食べてみる」という私の好奇心は、「旬の食材に関心を持つ」「地場の野菜を見つける」「知らない食材を調理してみる」といった関心へ自然に変化していきました。また、「好き嫌いなし」という自分を過信することで自分の健康のよりどころにして自己暗示をかけていたのかもしれませんが、結果として食への興味・関心はより豊かなものに変容していったような気がします。「老い」は若い頃よりも、少なからず「食」に対し選択肢が減っていく可能性があります。そんなときでも、きっと「好き嫌いなし」を武器に、私は食に対する好奇心を持ち続けることができると信じています。
〈「早寝早起き」教の信者にもなる〉
また、根っから「嫌なことは後まわし」性分の私は、幼少の頃、両親に躾けられた「早寝早起き」が今日までまったく苦にならない習慣となっています。いまもなお山積みになった宿題、課題、悩み、仕事等…すべて後まわしにして睡眠を最優先にする生活を送っています(…オトナとしてどうか、と思いますけれど)。まあ、いわゆる、映画「風と共に去りぬ」ののヒロイン、スカーレットのセリフ「Tommorow is another day」(「明日は明日の風が吹く」)…というような感じでしょうか。確か、主人公のスカーレットはわがままですがかなりの楽天家で、逆境にも立ち向かっていく生命力溢れるヒロインとして描かれていましたね。
現在では、睡眠と免疫力には関係があることがわかっていますが、当時、家庭の事情(実家は自営業で朝が早かった)によって「早寝早起き」をこどもたちに命じた両親はもちろんそんなことは知る由もなかったはずです。しかしそれを習慣として過ごしてきた私は、いまでは自らの健康や精神の安定は、この「早寝早起き」と深く関係があると実感しています。10代の頃、精神的に不安定になり十分に睡眠をとることができなくなったことがあります。そのときは、食事や対人関係など、日常生活のもろもろの行為に大きく影響が出て苦労しました。そんな中で家庭の事情によって(強制的に)「早寝早起き」をしていくなかで、日に日に心身の状況が良い方向へ変化していくことを感じることができました。ですから、それ以来、私は「早寝早起き」教の信者になりました。今でもくじけそうになったり疲労困憊したときは、まず「眠る」ことにしています。おかげで今日まで病気をすることもなく、健康に日々を送ることができていると信じていますし、この信仰は人生の終焉まで続くと思っています。
執筆=管理栄養士・田丸瑞穂