「下ごしらえ」でロス削減や付加価値化へ 特殊な蒸し調理で、早稲田発のベンチャーが実現、誰でも本格的な下ごしらえを

蒸し調理技術「ソフトスチーム」
蒸し調理技術「ソフトスチーム」

様々な食材の下ごしらえが簡単に行える蒸し調理技術「ソフトスチーム」。早稲田大学の研究から派生したベンチャー企業のT.M.L(東京都新宿区)と、早稲田大学、埼玉県の3社で特許を取得している。

開発には10年以上の歳月をかけ、その技術を用いた機械で下ごしらえをした食材をプロの料理人に食べてもらったところ、驚きの声が上がったようだ。ホテルや飲食店での負担軽減などにつなげるほか、将来的には食材の生産現場などでも活用してもらい、ロス削減や付加価値化などにも取り組んでいくという。

「ソフトスチーム」は、蒸気の温度が下がり、水になるときに放出される熱などを利用し、食材の中心まで素早く均質に加熱する技術だ。水蒸気を最大限に含んだ空気も使い、食材の中心を外側と同じように加熱できるという。

食材の下ごしらえをこの技術で行うと、食感をコントロールできるほか、本来の味を引き出すことができるという。また、食材の酸化も抑えられるため、長期保存にも適した食材に加工できるようだ。酸化を防ぐことで賞味期限を延ばせるだけでなく、食材の変色なども抑えられる。冷凍で保存しても、食感を残した食材を作れるという。

T.M.L の山川裕夫社長は「食材の細胞組織の中に栄養素や旨味成分があり、細胞が壊れるとそこから旨味や栄養素が出てきてしまう。そのため、加熱をしても細胞組織が壊れない温度などを食材ごとに全部研究してきた」と話す。「素材ごとに適切な温度などはすべて違って、さつまいもはどの温度帯で細分が壊れるのか、玉ねぎはどうなのか、大根はどうなのかなど、素材別にやってきたことを全部プログラム化し、誰でも簡単に下ごしらえをできるようにしている」という。

例えば米の場合、過剰に加熱してしまうとデンプン粒が壊れてしまい、味や食感などが落ちてしまうこともある。「ソフトスチーム」の場合、デンプン粒を壊さずに調理でき、食味もコントロールできるため、普通に炊き上げた米よりも旨味や栄養価は大きく向上するほか、米の甘みをより感じられる仕上がりになるようだ。他にも、ジャガイモの場合は、芯がなく、柔らかな食感と共にほのかな甘みを感じられるよう仕上がる。「表面だけでなく、中心部まで熱が通るよう蒸気をコントロールすることで、食材の食感や味を引き出すことができた」(山川社長)という。

今年3月には、松屋銀座と共に冷凍の「炊き立てごはん」を発売した。「米処 結米屋」の店主がセレクトした米を使用し、「ソフトスチーム」技術で米を7割まで炊いた状態に仕上げて急速冷凍。レンジで解凍した時に炊き立てが味わえるよう調整した。

現在、ソフトスチームは肉や魚、野菜、果物、豆類、穀物など、約800種類の食材に対応している。仕上がりの状態も調整可能で、すべてボタン一つで操作できるという。

ある有名ホテルのシェフが「ソフトスチーム」で下ごしらえした食材を食べたところ、「これは私たちでも簡単にはできない、と驚いていた」(山川社長)という。

パネルから食材の種類などを選び操作する
パネルから食材の種類などを選び操作する

〈食材生産者の活用でロス削減なども 地域での活用につなげる〉

レストランやホテルなどでも活用が広がる「ソフトスチーム」の機械。最近では、食材の生産者に向けた提案にも取り組み始めている。出荷できなかった食材や、未利用魚などをソフトスチームで下処理を施し、保存食として加工する取り組みや、付加価値を付けて販売するところもあるようだ。

山川社長は「いわしが取れ過ぎた、ニンジンが取れ過ぎた、米の消費期限が切れそうなど、食材を余らせてしまうことがある。その際、ソフトスチームの機械があれば、残った食材を加工することで、付加価値をつけて売りながらロスを削減できるのでは」と話す。

「捨てていたものを新たな価値を付けて売っていくことで、みんなが助かる。下ごしらえを手間が減り、食材を捨てなくて済む、機械を持っている人たちはそれで仕事も増える。ビジネスとしてただ機械を作るだけじゃなくて、地域の活性化はどうやってやるかも考えたい」(山川社長)。

ソフトスチームで加工した食材は、災害時にも役立てられる可能性を持っている。酸化を抑えられるため、消費期限は通常の食材よりも長く、家庭で備蓄しやすい。

「災害時などに一番困るのは野菜不足。この技術ならば普段から食べられるものを長期間保存できるため、美味しい非常食を作ることができるのは」(山川社長)。

今後の展望について、山川社長は「ボタン一つで下ごしらえなどが行えるので、人手の足りない調理場や、生産現場など幅広く活用できる。将来的には、流通網ではないけれども、ソフトスチームを通じたコミュニティのようなものを形成し、それぞれの悩みを解決しながら、食材の輸出なども含めてロス削減といった課題解決などにもつなげられれば」と語った。

〈冷食日報2024年6月13日付〉