妊婦や治療中の人たちから支持される「加熱寿司」、開発のきっかけは自身の妊娠、初のフルコースも発売
妊婦でも安心して食べられる「加熱寿司」(かねつずし)。火を通したネタを使用し、妊娠中の人だけでなく、治療などで食事に気を使わなくてはならない人や、生魚が苦手な人からも支持されているようだ。商品を手掛けているのは、元々食品メーカーに勤めていた渡邊愛さん。自身の妊婦としての経験から開発に至ったという。11月22日からは、自宅で寿司のフルコースを楽しめる「フルコースセット」の販売を開始している。
加熱寿司は、「生ものが食べられない方のための新しいお寿司」として開発され、生ものが食べられない人が安全に食べられる寿司として支持を広げてきた。産婦人科医の監修のもと、寿司職人と手を取り合って商品を作り上げた。冷凍すると食感が落ちてしまいやすいシャリについても、特注のトレーを使用することでシャリの食感を保てるようにしている。
2022年11月の正式販売開始から約2年、これまでに約3,500食を届けてきた。今では福岡市のふるさと納税にも登録されている。
渡邊さんは「妊娠中に1人前の美味しいお寿司を安心して食べられる、ということに『加熱寿司』の価値があると考えています。冷凍なので、体調が良いときなど、好きなタイミングに食べられるというのも大きな価値だと思っています」と語る。
また、購入者の6割以上が男性で、「妊娠中の奥さんに対して、男性は妊娠や出産を代わりに引き受けられない。だけど、日々頑張ってくれている奥さんに対して、何かできることをしたいという男性の気持ちも形になって届けられているような気がします」と話す。
「加熱寿司」の開発の経緯について、渡邊さんに聞くと「4年前に妊娠していると分かった時に、産婦診科の先生から『妊娠おめでとうございます。今日からお寿司などの生ものは食べないでくださいね』と言われたことがきっかけです」と振り返る。
妊娠中は免疫力が低下するため食中毒のリスクは高くなるため、生ものの摂取を控えるように指導されるという。渡邊さんも医師から止めるように言われたという。しかし、妊娠生活を送る中で、寿司好きの渡邊さんにとっては大きなストレスを抱えていたようだ。寿司を食べたいという欲求が膨らむ中、「これは私だけの欲求なのか、それとも世の中的に求められているけど解決されていない課題なのかが分からなくて、SNSで仮説検証を行いました」と振り返る。
検証はTwitter(現在のX)を用いて行った。当時のフォロワーは30人ほどだったが、妊娠中の人に向けて「【妊婦さんもOK!お寿司セット】があったら、買いませんか?」と投稿したところ、6,000人以上から「欲しい」や「こんなのあったら絶対買う」などの反応があったようだ。
「想像以上の反響に驚いたのと同時に、私だけでなく、世の中の妊婦さんは我慢しているんだというのが直に伝わりました」(渡邊さん)。
当時は妊娠6か月。まだメーカーで働いていた時だったため、時間や金銭的にも制限があった。メーカー勤務の経験から、「時間をかけて開発した商品が受け入れられなかった、という経験をたくさん見てきていたので、それは避けたくて。知り合いにお寿司屋さんを紹介してもらい、色々と相談しながら商品を開発しました」と振り返る。
その後、様々な検証や実験販売を経て、22年11月に本格販売を開始した。実際に販売をしてみると、様々な発見があったようだ。「里帰り出産をされる方が、その前の食事として加熱寿司を選んでくださって。忘れられない思い出になったとのお声を頂くなど、夫婦の絆を深める一つの機会にしていただけたのは嬉しかったです」(渡邊さん)。
また、想定をしていなかった需要もあったようだ。「抗がん剤治療をされている方や、免疫調整剤を服用している方など、生ものを食べられない方は自分が考えていたよりも大勢いて。そこは見えてなかったニーズでした」(渡邊さん)と語る。
〈寿司と汁物、デザートなど5品のコース手間なく楽しめる商品〉
11月22日からはフルコースの販売を開始した。その背景について「食のストレスなく、美味しいお寿司を楽しんでいただきたいっていう思いは変わらず、それに加えてより手間なく豊かな食事の時間を提供したいっていうのが一番の背景です」と話す。
加熱寿司を発売してからの2年間、SNSに上がった写真を見ると、寿司と共に汁物や副菜などで食卓を彩った写真を多く見かけたという。
「すごく素敵だなと思う一方で、体調的に不安定な方にそういうものを作らせてしまっているという課題感もありました。最初から全てを整えてお届けできた方が、手間なくお寿司屋さんで食べるフルコースのように楽しんでいただけるのではと思い、このような形にしました」(渡邊さん)。
フルコースは、加熱寿司9貫(海老、カンパチ、のどぐろ&ウニ、穴子、イカ、真鯛、玉子焼き、ホタテ、サーモン)に加え、のどぐろの赤だし、鯛のかぶと煮、春摘みいちごのアイス、デカフェのグリーンティーの5品目をセットにした。価格は、1人前だと9,800円(税込)で、2人前は1万7,900円(税込)となっている。
〈海外展開を検討も「国内の方にしっかり届けきるのが大前提」〉
着実に支持を広げながら新たな商品を投入する一方、新たな課題も見えてきたようだ。渡邊さんは「妊婦さんはどんどん移り変わってしまう。そのため、(販売を開始した)当時の妊娠さんには喜んでいただけたが、今の新しい妊婦さんたちには情報を届けきれていないと感じています」と話す。
今後は「SNSでの提案を中心に、SNS以外でも情報を届けられる方法を探っているところです。マスなユーザーに届けられる商品ではないのですが、必要と感じている方に対して情報や商品をしっかり届けたいです」と力を込める。
将来的には海外展開も視野にあるようだ。「まだ具体性は欠けるんですが、海外でも妊娠中の方が食事に気を配るケースがあります。地域の事情を把握しつつにはなるんですが、安全で美味しい食事体験という文脈では必ずニーズがあると思っているのでいつかは取り組めればと思っています」と話す。
同時に「基本的には日本国内の妊娠中の方や困っている方にしっかり届けきるっていうのが大前提ではあります。待っている方がいることを理解しているので、ちゃんと取り組み、いつかは日本に閉じずに展開していきたいなという気持ちです」と語った。
〈冷食日報2024年11月29日付〉