〈クローズアップ〉加速するキリンのクラフトビール戦略(上) 2021年までに市場シェアを3%以上に拡大
キリンホールディングス代表取締役社長磯崎功典氏は、「ビールの販売数量が大きく減少したのは、シェア争いや価格競争ばかりに目を向け、一番大切なお客様さまを忘れていた企業の責任でもある」と話す。そして、「まずキリンから率先して、日本のビールの味覚の幅を広げていきたい」と、「みんなで創るワクワクするビールの未来」を合言葉に、クラフトビールを通じてビール全体の魅力化・現代化を図る活動を開始。「2021年には、多様なビールを選び、多様な楽しみ方ができるようにしたい」(ブルックリン・ブルワリー・ジャパン代表取締役社長内山建二氏)と未来図を描く。
2017年第1四半期は、「新たな機会の創出」をテーマに、「タップ・マルシェ」を発表するとともに、アメリカのクラフトビールブランド「ブルックリンラガー」の発売を開始。第2四半期には「業務用市場での拡大」をテーマに、首都圏で「タップ・マルシェ」を先行展開し、10月には年初目標1000軒を達成。ビール専門店だけでなく、幅広いカテゴリーの料飲店に浸透した。来春には全国へと展開を広げ、年間5,000店の新規導入を目指す。
第3四半期には「家庭用市場」においてもクラフトビールの浸透を目指し、「グランドキリン」3品目の350ml缶をCVS で先行販売。また、関西地区の情報発信拠点となる「スプリングバレーブルワリー京都」をオープンさせた。これらの努力が実を結び、クラフトビールの認知・飲用経験率はここ3年順調に拡大。特に20~30代の、従来ビールにあまり親しみのなかった層がブームを牽引。鮨フェスやロックフェスなどのカルチャーを通し、クラフトビールが新しいお酒として受け入れられている。ただ、「大事なのは、ビールが主役ではなく、より豊かで密度の濃い時間を過ごすための名脇役であること。新しい時代のお酒の流れを創りたい」とスプリングバレーブルワリー代表取締役社長和田徹氏は話す。
日本のクラフトビール市場は現在、ビール類全体の1%に満たない。キリンの目標は、2021年までに市場シェアを3%以上に拡大することで、ビール業界全体を活性化すること。そしてその中で、同社が市場をリードし続けることだ。ビールの未来を拓く同社の取り組みを多面的に紹介する。
〈関西の情報発信基地「スプリングバレーブルワリー京都」をオープン〉
キリンビールがクラフトビールへの参入を発表したのは2014年のこと。「ビールにワクワクする未来を」をテーマとした活動の象徴的な取り組みとして、翌春には東京・代官山とキリンビール横浜工場内に体験型ブルワリー「スプリングバレーブルワリー」をオープンした。そして今年、同社が関西の拠店として選んだ地が京都だ。観光客でにぎわう「京の台所」錦市場からほど近い、築100年の町屋が今年9月、「スプリングバレーブルワリー京都」(以下、SVB京都)として生まれ変わった。
〈伝統と革新が融合した職人の街〉
大阪でも神戸でもなく、京都を拠点として選んだのは、伝統と革新が融合した職人の街・京都とクラフトビールとの親和性を考えてのこと。実際、京都には既に4つのブルワリーがあり、中心部の小さなエリアには、40軒ものクラフトビアバーが集まっている。密度だけで見たらクラフトビール率日本一かもしれない。関東に比べると小規模なブルワリーが多く、地域に根差したビール文化が育ちつつある。
外国人観光客が多いことに加え、「京都」という街自体が持つブランド力や発信力も見逃せないが、さらにもうひとつ、京都を選んだ理由があった。
地ビール解禁より6年も前の1988年、同社は京都工場内に「京都ミニブルワリー」を設立。クラフトビールの草分けともいえる京都限定ビールを生産していた。工場閉鎖に伴い、その歴史は途絶えたが、20年の時を超え、キリンはクラフトビール原点の地ともいえる京都から新しいビールの文化を発信する。
〈クラフトビールの情報発信基地に〉
京都の街並みにしっくりと馴染んだ趣ある町屋のたたずまいはそのままに、内部は日本の美意識を随所に感じるモダンで居心地のいい空間にリノベーション。格子窓から透かし見えるタンクには京都の通りや小路の名前が付けられていた。
オープンエアの中庭から、ししおどしをのぞむ半個室、ハイテーブルゾーンまで、さまざまな楽しみ方が可能だ。店内にはシースルータンクやビールをカスタマイズできる「ビアインフューザー」などを揃え、ビールをただ飲むだけでなく、「知る」「見る」「創る」楽しさも伝える。まさに「伝統と革新」の融合を感じる空間だ。ゆくゆくは隣接する洋館にセミナールームを造り、クラフトビールの情報発信基地にしたいという。
〈「味の下支えになる出汁の旨味」が原点〉
ビールのラインナップは代官山・横浜と共通の6種に加え、同ブルワリー内で醸造する定番ビールとシーズナルビールを年間10種類ほど企画する。その第一弾として9月にリリースされたのが「京都2017」だ。
「京都ミニブルワリーで造られていた“京都1497”へのオマージュです」と、SVB京都ヘッドブルワーの三浦太浩さんは言う。「京都の地からもう一度、新しいビール文化を発信したい」という思いを込めて造ったビールだ。香りは穏やかで、拍子抜けするほど控えめ。どこか、日本酒を思わせる味わい。つまみでいえば、塩で食べるざる豆腐や、湯葉とあわせたい。そう伝えると、「実は米麹や京都産のコシヒカリを使っているんです」と三浦さん。「食べ物と合わせた時に旨味が爆発するように仕上げました」。
「スプリングバレーブルワリー京都」ヘッドブルワー・三浦太浩さん
「京都でつくる日本のクラフトビール」だからこそ、京都の繊細な料理にあわせられるものがいい。「味の下支えになる出汁の旨味」が発想の原点だった。
12月には、与謝野産ホップを100%使用した限定商品「京都YOSANO IPA」をリリースした。IPA だからといって強烈な苦みを求めるのではなく、「上品で心地よい苦みを目指した」という。
世の中には強烈に振り切ったクラフトビールがたくさんあるが、三浦さんは、「エクストリーム」を求めているのではない。指標とするのは、「長く愛されるかどうか」なのだ。
〈「京都100%ビール」で“ローカル”を追求〉
「東京ではできない“ローカル”をとことん追求したい」と、京都学園大学との産学提携もスタートさせた。
京都には、与謝野産のホップだけでなく、亀岡産の麦芽がある。さらに、酵母も「酒の神様」松尾大社や清水寺で採集し、「京都100%ビール」づくりに挑戦する。さらに原料やノウハウを市内のブルワリーと共有し、「京都100%ビール」を皆で盛り上げていきたいという。
そういえば、国産ホップの活性化を目指すキリンでは、自社で品種改良したホップからキリンの名前をあえて外し、クラフトビール業界全体でシェアしようとしている。キリングループのメルシャンも率先して他ワイナリーと造りの技術を共有し、山梨甲州を盛り上げてきた。「造り手は皆、熱い思いを持っている。そこに、技術的なつながりができれば、京都をクラフトビールタウンにできるはず」と三浦さんは信じている。伝統産業や地域産業とも連携し、京都のビールシーンの活性化を目指す。
〈「永遠に未完成」進化することが使命〉
京都らしさを追求する中、ビールの副材料として、山椒や柚子をはじめ、丹波の黒豆や緑茶など、京都ゆかりの食材にも果敢に挑戦。堀川ごぼうなどの京野菜を使ったビアインフューザーの新たな組み合わせも模索する。さすがに京漬物はないだろうと冗談のように振ってみたら、「すぐきや千枚漬けの酸を活かして、サワービールを造ってみたい」というから驚いた。三浦さんが創るビールは、「永遠に未完成」だ。変わらなくてはつまらない。難しいからこそ、やる意味がある。「進化すること」こそが、造り手の使命なのだ。
〈ビールの新たな魅力を引き出すペアリング〉
SVB京都を訪れたらまず、6種類のビールに京都オリジナルのおつまみがついた「ペアリングセット」(2,300円)を試してみたい。SVBのフラッグシップ「496」には、甘辛の「肉味噌マカロン」。ピルスナー「コープランド」には、「出汁オリーブ」の鰹の後味がきれいに寄り添う。ワインのように香り立つ白ビール「オンザクラウド」には、食感も楽しい「生麩とトマト」。「デイドリーム」のゆず風味を引き立てる「筍山椒」など、ビールの新たな魅力を引き出すペアリングが楽しめる。記者の一押しは、ラズベリーテイストの「ジャズベリー」&「奈良漬とブリーチーズ」のペアリング。発酵×発酵の奥行きあるおつまみに、ビールのふくよかなボディが心地よく重なる驚きのおいしさだった。
単品料理も、「生湯葉とセミドライトマトのカプレーゼ」と「蟹味噌と湯葉のグラタン」など、京都らしさを感じさせるものばかり。ワインでも日本酒でもなく、クラフトビールにこそ合わせたい。そんな味付けに仕上がっている。
〈酒類飲料日報 2018年1月15日付より〉
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