手から手へおなかの健康を届け続けるヤクルトレディ、世界中で存在感高まる
共働き・単身世帯・高齢者の増加、そしてコロナウイルス長期化で、宅配サービスの需要が高まる中、宅配販売の先駆けともいえる「ヤクルトレディ」の存在や社会的役割が改めて注目されている。宅配の中でも新聞や牛乳と異なるのは、玄関先のポストや保冷箱に届ける(配達する)だけでなく、家の人に会って直接手渡しで届けること、つまり「会話しながらの販売」だ。コミュニケーションや地域の見守りをも担い、人間関係が希薄な今の社会にとって意義深いものとなっており、ヤクルト本社も人材の育成や社員化などの待遇改善に注力、ここへ来てヤクルトレディの存在感が強まっている。
ヤクルトの発売は1935年、ヤクルトレディの誕生は1963年。誕生前から訪問販売という形はあったが販売員は男性が中心で、当時まだ知る人が少ない「乳酸菌 シロタ株」が入った商品の価値を伝えていくのには、家庭を一軒一軒訪問し説明しながら売る取り組みが必要だった。そこで宅配販売する女性スタッフ=ヤクルトレディの活用を開始し、社会で女性が働くことが一般的ではない時代であったが、全国各地に一気に広がっていった。
1960年代の日本での販売風景
職業区分は、多くが販売会社から業務委託を受けた個人事業主。全国各地にある販売会社の拠点にそれぞれ15〜20人が在籍し、各地区の家庭、企業などすみずみまで訪問して、販売した本数に応じて決まった取り分が収入となる完全歩合給となる。ヤクルトレディの多くは主婦のため、幼い子供を預けて働けるようにと「ヤクルト保育所」を1970年代に順次設置、保育士を常駐させて日中働きやすい環境を整え、若い働き手の確保に努めた。
〈愛の訪問活動〉
ある日、福島県で一人のヤクルトレディが担当地域で一人暮らしのお年寄りが誰にも看取られず亡くなった話に心を痛め、一人暮らしの高齢者に自費でヤクルトを届けることを始める。これが「愛の訪問活動」のきっかけとなり、一人暮らしの高齢者の安否を確認したり話し相手になるという活動を1972年に開始した。
こうした活動に地元の民生委員らが共鳴し、さらに自治体をも動かし全国に活動の輪が広がっていった。また最近では地域の行政や警察とも連携し、玄関先で倒れている高齢者の通報・救命や特殊詐欺犯の逮捕にもつながっている。これらの功績が高く評価されて、1991年以降は行政などから複数の賞を受賞している。
「ヤクルトレディのやりがいは、訪問を楽しみに待っているお客さまの存在、地域の人々の健康づくりに貢献しているという使命感、『ヤクルトさんから買えて良かった』という感謝の声。当社としてはコミュニケーション能力を高めるため、事例を共有しトレーニングすることに重きを置いている。また、モチベーションを高めてもらう場として、成績優秀なヤクルトレディを表彰する世界大会を約3年ごとに開催している」(梛良昌利常務執行役員)。
常務執行役員 梛良氏
コロナ禍では家に訪問し対面販売することができず苦慮したが、学校の休校と在宅勤務で人々が家にいる時間が増えたことで、既存の客が普段より多めに購入してくれたり、インターネットで申込みできる「ヤクルト届けてネット」の注文が増え、乳製品の販売本数は大きく落ち込むことはなかった。販売が堅調だったのは、コロナ予防でヨーグルトや乳酸菌に人々の関心の目が向いた追い風はあるものの、「普段から乳酸菌の価値や商品特長を地道に伝え歩いてきたからこその成果。6月からは前年並みの販売本数に戻っており、直近も順調に推移している」(梛良氏)。
〈宅配商品ならではの価値〉
「ミルミル」「ジョア」「ソフール」はスーパーなどで販売するものと同じだが、基本的には宅配専用商品。宅配商品にはスーパーなど店頭商品とは1本に含まれる乳酸菌の数も異なり、訴求する価値も異なる商品もある。
今年の大型新商品は、乳酸菌 シロタ株が通常の「ヤクルト400」に対し2.5倍、1000億個入った「Yakult1000(ヤクルト1000)」。「一時的な精神的ストレスがかかる状況でのストレスを緩和し、睡眠の質を向上する」ことを記載した機能性表示食品であり、1本税別130円のいわゆる高価格帯となる。だからこそ説明して理解してもらったうえで飲用してもらいたい商品で、またストレス社会、今の時代ニーズにも合致した商品ともいえる。
宅配の主力商品である「ヤクルト400」類をはじめ「Yakult1000」など乳製品(一部店頭専用商品含む)
2019年10月から関東1都6県で先行発売し、2020年8月から販売地区を北海道・東北地区全域と静岡県、山梨県、長野県、新潟県に拡大、「ようやく日本の半分のエリアまで販売できるようになった。高価格なのでお客さまに受け入れてもらえるか社内では多少心配の声もあったが、『届けてネット』のターゲット世代の30、40代との接点を、この商品で新たに作ることができ成功、販売も順調に伸びている。全国展開に向けてこの商品の価値訴求に今後も力を入れていく」(梛良氏)。
〈宅配サービスの未来〉
共働きの家庭が増え、家に主婦がいる時間が少なくなる中で、本来なら先細りになるだろうと見られていた宅配サービス業界。時代とともに宅配サービスの形も変わり、コロナを機にさらに多様化した。ネットなどで注文したものを玄関先で手渡しで受け取るシーンはこの先もおそらく増えると思われるが、玄関先で商品の説明を聞いたり世間話するシーンはこの先どれだけ増える余地があるだろうか。
販売員が初対面の場合はハードルが高く、馴染みの販売員でもその人によるところが大きいが、一人暮らしの高齢者が多い地域などは実は潜在需要がもっとあるのではと推測される。実際、ヤクルト宅配の契約者の中には、遠方に住む一人暮らしの親のために宅配を申し込む40〜60代の客もいる。安否確認、日々の健康維持のためのヤクルト宅配のニーズは以前より明らかに強まっており、地域のことを熟知している主婦で、かつコミュニケーション上手なヤクルトレディの出番はここにある。
〈社員化の道も〉
2020年10月、ヤクルトレディの冬服が15年ぶりにモデルチェンジとなった。現在ヤクルトレディは全国に約3万2,000人おり、ヤクルトレディから要望の高い軽量、着心地(ストレッチ性)、保温の強化に同社は力点を置き素材を改良した。また制服の改良に続き2021年度中に、ヤクルトレディのライフプラン、キャリアプランに応じ様々な働き方の選択ができる制度を整備する。背景には、ヤクルトレディの減少が進んでおり、家族の介護のため離職する人、または子供が小学校に上がってやめてしまう人などがいて、人材確保が大きな課題となっていることがある。「選ばれる仕事にしていくため変えるべき所は変えていく」(梛良氏)。
その大きな決断の一つが、ヤクルトレディの社員化。これまでも個人事業主のヤクルトレディから営業社員を経て、責任ある立場の役職になった人はいるが、今後3年間でヤクルトレディ約3万2,000人の約1割にあたる3,000人の社員登用を見込む。現在、国内の飲料事業売上高のうちヤクルトレディによるものは約6割を占めており、ヤクルト宅配は同社にとって重要な事業であり、これを担うヤクルトレディの確保や定着に本腰を入れるというわけだ。
「今後は訪問する価値を一層見出だしていく。遠方に住む親のためにヤクルトを注文するなど“家族の絆”にもっと寄りそえるようなサービスの充実、健康な生活を送り続けられるようなサポートの充実を図る。都市部以外のヤクルトレディの大半は車で訪問活動しており、サービスの価値向上をさらに進めていくために、この先ヤクルト以外の多様な商品を届けていくこと、その仕組み作りも視野に入れていく」(梛良氏)。
「直接手渡し」の強みは、ユーザーとコミュニケーションを取りながら商品の紹介や説明ができ、生の声・意見を吸い上げて商品化やサービスに活かせることにある。訪問される側にとっては、受け止め方にも差はあるが、高齢者の中には体温の感じられる宅配、コミュニケーションを喜びに感じる人もおり、「直接手渡し」はこの先無くなるどころかむしろ需要は高まるのでは、との見方もある。
「真心を込めたお届け」とはどういうものなのかを話し合う松山ヤクルト販売(株)のヤクルトレディたち
「ヤクルトレディが長く働くためには、働き手が休みを取りやすい環境づくりが重要。また希望者には、個人事業主のヤクルトレディから安定的な働き方が可能となる社員としてのヤクルトレディへのキャリアアップを支援していく」(梛良氏)。
〈世界に広がるヤクルトレディ〉
日本発の宅配型サービスをモデル化し、ヤクルトレディは現在日本を含む14の国と地域で展開され、海外には約4万7,000人のヤクルトレディがいる。
2018年の世界大会(会場・京都)で結束力をより高めたベトナムヤクルト
約3年に一度開催される「ヤクルト世界大会」では、世界中からヤクルトレディが集結しこの間の活動の成果が表彰される。各土地に網の目のように張り巡らされた宅配網、その中でも「会話して販売する」ヤクルトレディの活動は今の時代に貴重であり、今後ますます存在価値は高まるものと思われる。
ヤクルトの歴史、ヤクルトレディの歴史