〈米穀VIEW〉先物はコメ生産・流通円滑化に「必要かつ適当」か「最後の」本上場検証(8) 現物受渡が市場なら両輪の先物は不可欠
商品先物取引法に明記されている認可要件のもう一方、「生産・流通円滑化に必要かつ適当か」(政策に組み込まれているか)は、条文を素直に読む限り厳格なハードルではあるのだが、本上場認可の際に農林水産省所管の他の先物商品で、これが厳格に運用されたケースはない。せいぜいが試験上場の要件「政策との整合性」さえ満たしていれば認可されてきた経緯がある。
だがコメ先物は特殊だ。2005年(平成17年)には前例のなかった「不認可」判断が下された品目でもある。そこで、この要件が厳格に運用されると仮定して、何がどうなっていれば「政策に組み込まれている」が故に「必要かつ適当」と文句なく解釈されるのか。複数の関係者に訊くと、ネックになるのは「現物市場の有無」で一致する。これを米の世界に当てはめて検証してみよう。
米に限らず我が国の農業政策は(WTOルールの制約から)「価格支持」ではなく「所得支持」に移行したことになっている。実態がどうかはともかく、「所得」支持であっても掛け算の片方である以上、(現物)価格も重要な政策指標だ。その上で価格は「(現物)市場で」形成されることになっている。
ところが米の場合、少なくとも食糧法に規定されている現物市場は存在しない。唯一の公設市場「コメ価格センター」が2011年(平成23年)に解散して以降、現物価格指標が喪失してしまったため、農水省は食糧法に基づき米穀販売業者(一定程度以上の扱い量の届出業者)に報告徴求義務を課し、相対契約価格・数量から加重平均価格を求め、これをナラシ(収入減少影響緩和対策)や収入保険の指標に適用している。
助成金の基準はともかく、相対価格はあくまで相対価格であって、市場価格ではない。つまり、繰り返すが日本の米には現物市場が存在しないのである。逆に言うと、食糧法に規定されている現物市場があれば、「車の両輪」とされる先物市場も、「(米)政策に組み込まれている」が故に「必要かつ適当」と解釈されることになるわけだ。
では、現物市場が存在しない現在、コメ先物は「必要かつ適当」と解釈されないのだろうか。この点に異論を唱えるのが、第7回に登場した内閣法制局に出向経験のある農水官僚OBだ。「本来99%差金決済が普通の先物商品にあって、コメ先物は驚くほど現物受渡が多い。これを『現物市場』と捉えることは決して無理な解釈ではない。総体の流通量に比べれば微々たるものではあるが、もう一方の要件『十分な取引量』をクリアしているのであれば、並行要件である以上、『現物受渡量が少ない』とは指摘できなくなる」。
ただし、「惜しむらくはツッコみどころというか、懸念がないわけではない」という。「コメ先物の現物受渡を『現物市場』と解釈することは決して不自然ではないのだが、『食糧法に規定されている現物市場』ではない。そこが第1のネック。現物市場など飛び越えて、ナラシや収入保険の価格指標に先物が採用されれば済む話ではあるのだが」。もう一つのネック、コメ先物の現物受渡が「現物市場」と解釈されない可能性となる根拠は、「合意早受渡の価格が公表されていない点」だ。「期日受渡、納会日の帳入値段が現物価格とイコールであるという先物の原理原則は理解できるが、しかしこれは現物『市場』の価格ではない。それよりはるかに数量の多い合意早受渡の価格が公表されれば、これぞ現物価格であると強弁することは可能だ。もちろんそれぞれに事情のある、言わば相対価格だから公表が難しいことは分かるのだが、せめて銘柄の違いを無視した加重平均価格だけでも公表できれば、可能性はかなり高まると思うのだが」。
さらに「最も近道は、『食糧法に規定されている現物市場』でなくとも、ある程度の取引量がある現物市場と連動することだ」とも。とはいえ「歴史上ほとんどの品目が、先物が出来てから現物市場が出来ている。堂島商取は、すでに『本格的な現物市場の開設』を構想していることでもある。『必要かつ適当』と解釈するのが妥当だと思う」と指摘している。
以上のことから、コメ先物の本上場が認可される大きく2つの要件は、ほぼ無理なくクリアしていることが分かった。
だが、ここまでの検証を全て引っくり返すようだが、客観的にどれほどクリアしていると考えられたとしても、要件がいずれも明確なものでないことから、「どうとでも解釈が可能」になってしまうこともまた事実。そこで最後に、「もう一つの要件」が浮上して来ることになる。「認可・不認可の判断を下す側の“立場”の問題」だ。
〈米麦日報2021年5月20日付〉