なぜロッテはコアラ初来日の半年前に「コアラのマーチ」を発売できたのか、1984年3月発売【食品産業あの日あの時】
エリマキトカゲ、ウーパールーパー…1984年は“珍獣”たちが日本を席捲した年だった。前年に始まったクイズバラエティ番組『わくわく動物ランド』(TBS系列)のおかげで、日本のお茶の間に居ながら世界各国の珍しい生き物たちの生態を知ることができるようになった。この年の10月25日、オーストラリアから合計6頭のコアラが多摩動物公園(東京都)、東山動物園(愛知県)と平川動物公園(鹿児島県)に到着すると、日本中がその愛くるしさに夢中となった。珍獣の初来日に先駆けることおよそ半年前の同年3月、ブームを先読みして発売されたのがロッテのチョコレート菓子「コアラのマーチ」だ。
動物と子供向け菓子の組み合わせはいわば“鉄板”。1978年にはギンビスが「たべっ子どうぶつ」を、1979年には明治製菓が当時のパンダブームにあやかりパッケージにパンダのイラストをあしらった「ヤンヤン(のちに「ヤンヤンつけボー」に改名)」を、そして1982年には森永製菓が様々な動物の形状をした新食感のスナック菓子「おっとっと」を発売し、いずれもヒット商品に育て上げている。しかしなぜロッテは、来日よりずっと前にコアラに目をつけることができたのか。同社は自社サイトでこのように説明する。
「ロッテでは1980年代初頭に空洞型のビスケットにチョコレートを注入するという技術を確立していたのですが、コンセプトやネーミングは決まっていませんでした。そんなとき、オーストラリアからコアラが初来日するというニュースが入り、それがヒントに。」(引用:ロッテウェブマガジン『シャルウィロッテ』これまで誕生したキャラクターは約700種。 コアラの絵柄はどのようにして誕生した? アナウンサー 渡辺真理さん×マーケティング部 焼き菓子企画課 江幡辰也|Shall we Lotte|お口の恋人 ロッテ)
実はここに至るまでには別の伏線がある。ロッテは1983年、ライバルの明治製菓「きのこの山」に対抗し、ビスケットとチョコレートを組み合わせた菓子「めだかの兄妹(きょうだい)」を発売している。この名前でピンと来る人もいるかもしれないが、当時の人気番組『欽ちゃんのどこまでやるの!』の番組内ユニット「わらべ」が唄う同名曲とのタイアップ商品だ。CMにもアニメ化された「わらべ」の3人が起用された。
だが発売直後、写真週刊誌が「わらべ」メンバーの一人のスキャンダラスな写真を報じ、当該メンバーは活動休止に追い込まれてしまう。夏場になるとチョコレートが溶けてしまうクレームが寄せられたこともあり、ロッテは企画の仕切り直しを迫られていた(ちなみにロッテは『欽ちゃんのどこまでやるの!』のスポンサーで、1984年には同じく「わらべ」のヒット曲に由来するコーンパフチョコ「カプッチョ もしも明日が」も発売している)。
ビスケット内部にチョコレートを注入すれば手で持っても体温で溶けることはない。動物なら万人が親しみを感じやすく、CM出演料もかからず、そしてスキャンダルとも無縁だ。そうして誕生したのが、ビスケット表面に多種多様なコアラの絵柄をあしらった「コアラのマーチ」だった。
「体毛は灰色で、1日のほとんどを木の上で寝て過ごすコアラが、明るく、楽しくマーチングバンドを組んで日本にやってくるイメージを持たせたくて『コアラのマーチ』と命名しました。初代の絵柄12種類のうち、約半分が太鼓やラッパなどの楽器を持っていたのはそのためです」(引用:同上)
実はロッテはほぼ時を同じくしてコンソメ味のスナック「ラッコの親子」も発売しているが、“生き残った”のは「コアラのマーチ」のほうだった。翌1985年にはロッテ氷菓(当時)から弁当箱型のケースに入ったラクトアイス「コアラの遠足」も登場した。12種類だった絵柄もいつしか増え、90年代に入ると女子高生の間で「見つけると幸せになれる」という“まゆげコアラ”の噂が自然発生し話題に。こうして「コアラのマーチ」は定番商品の地位を確固たるものにした。
今年発売40周年を迎えた「コアラのマーチ」は積極的なコミュニケーションを展開。『ハローキティ』『葬送のフリーレン』『ぼっち・ざ・ろっく!』とのコラボを実現するなど、その人気は今も衰えない。
だがいっぽうで本国オーストラリアでは乱獲や気候変動の影響などによりコアラが激減、2022年には同国内で絶滅危惧種に指定された。こうした状況を憂慮したロッテは今年から「固有種のマーチ」プロジェクトを開始している。固有種とは、特定の国や地域にしかいない生き物のこと。コアラも固有種の一種だ。同社は期間限定商品の発売のほか、各地の動物園・水族館とのタイアップイベントを通じ、生物多様性の大切さを訴求している。「世界中にいる愛らしい固有種たちを通して、人も動物も植物も、みんながそれぞれ『個性』を持つ素晴らしさと、お互い関わりあいながら作られる『多様性』に目を向けてもらうきっかけを作りたい」(公式サイトより)、というロッテ。40年前の珍獣ブームは、現代まで変わらぬ地球規模の課題を投げかけている。
【岸田林(きしだ・りん)】